一 数日前本欄に出た「自己主張の思想としての自然主義」と題する魚住氏の論文は、今日における我々日本の青年の思索的生活の半面――閑却されている半面を比較的明瞭に指摘した点において、注意に値するものであった。け・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・もっと卒直にいえば、諸君は諸君の詩に関する知識の日に日に進むとともに、その知識の上にある偶像を拵え上げて、現在の日本を了解することを閑却しつつあるようなことはないか。両足を地面に着けることを忘れてはいないか。 また諸君は、詩を詩として新・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・して居って最も家族的であって、然も清閑高雅、所有方面の精神的修養に資せられるべきは言うを待たない、西洋などから頻りと新らしき家庭遊技などを輸入するものは、国民品性の特色を備えた、在来の此茶の湯の遊技を閑却して居るは如何なる訳であろうか、余り・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・第九輯巻四十九以下は全篇の結末を着けるためであるから勢いダレる気味があって往々閑却されるが、例えば信乃が故主成氏の俘われを釈かれて国へ帰るを送っていよいよ明日は別れるという前夕、故主に謁して折からのそぼ降る雨の徒々を慰めつつ改めて宝剣を献じ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・この意味に於て、世の中は、進歩したと言えぬばかりでなく、精神的方面を閑却するために、文化戦線は低下したと言えるでありましょう。人間は、善美の理想に向って、克己奮闘する時こそ、進歩も向上も見られるけれど、雷同し、隷属化された時は、自分自身の行・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・ある時代には人性のある点は却って閑却され、それがさらに後にいたって、復活してくることは珍しくない。そしてその復活は元のままのくりかえしではなく必ず新しく止揚されて、現段階に再登場しているのだ。その二千五百年間の人間の倫理思想の発展と推移とを・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 同じようなことであるが、ある一場面と次の一場面との空間的関係を示すような注意が一般にあまりに閑却され過ぎている。キャメラが一町とは動いていない場合に、面画は何千里の遠方にあるか想像もできないようなひとり合点の編集ぶりは不親切である。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・の当時に、当時には御馳走と思われた牛鍋や安洋食を腹いっぱいに喰って、それであとで風邪を引いたというはっきりした経験はついぞ持合わせず、従ってM君の所説は一向に無意味なただの悪まれ口としか評価されないで閑却されていたのである。 ところが、・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・しかし実際の科学の通俗的解説には、ややもするとほんとうの科学的興味は閑却されて、不妥当な譬喩やアナロジーの見当違いな興味が高調されやすいのは惜しい事である。そうなっては科学のほうは借りもので、結果はただ誤った知識と印象を伝えるばかりである。・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・この要点は時を空間化するために往々閑却されるものである。空間の前後は観者の位置をかえれば逆になるが時間は一方にのみ向かって流れている。抽象的な数学から現実の自然界に移ってその現象を記載しようとする時には空間化された時だけでは用の弁じない場合・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
出典:青空文庫