・・・しかし物理学の進歩するほどその基となる五感は閑却されて来るのである。昔の物理学では五感の立場から全く別物として取扱ったものがだんだん一緒になって来る。電波や熱や光やX線やγ線や、人間を離れて見れば全く同じ物で波の長さという事の外には本質的の・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・ 上記のごとき現象が純粋な自然探究者にとって決して興味がなくはないのであっても、それが現在の学問の既成体系の網に引っかからない限りは、それが一般学者から閑却されるのもまた自然の成りゆきであったと思われる。ところが、最近に至って物理学の理・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・これはあまりに明白な平凡な事ではあるが、全く新しい方面に物理学を応用しようとする場合には特に重要でありながら、往々閑却される事かと思われる。 実際的の問題は往々意想外に複雑であるから、一通り以上に述べたような分析をしてその結果を綜合して・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・連句では一景から次の景またその次の景への推移と連絡の必然性によって呼び出される暗示の世界に興味の大半がつながれているが、レビューではそういう連鎖の必然性はほとんど閑却されているようである。それ故に、連句三十六景のコンチニュイティは容易に暗記・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ かようにして連句芸術は、文学者からも音楽家からも映画界からも閑却されて、あたかも過去の幽霊のごとくなってしまった。由来現今の日本人はすべてのものの批判の標準を西洋人の頭の中へ置くのであるから、西洋人の全然知らない従って称揚しない連句が・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・されば現代の人が過去の東洋文学を顧ぬようになるに従って梅花の閑却されるのは当然の事であろう。啻に梅花のみではない。現代の日本人は祖国に生ずる草木の凡てに対して、過去の日本人の持っていたほどの興味を持たないようになった。わたくしは政治もしくは・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・しかし博士でなければ学者でないように、世間を思わせるほど博士に価値を賦与したならば、学問は少数の博士の専有物となって、僅かな学者的貴族が、学権を掌握し尽すに至ると共に、選に洩れたる他は全く一般から閑却されるの結果として、厭うべき弊害の続出せ・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・けれども一文芸院を設けて優にその目的が達せられるように思うならば、あたかも果樹の栽培者が、肝心の土壌を問題外に閑却しながら、自分の気に入った枝だけに袋を被せて大事を懸ける小刀細工と一般である。文芸の発達は、その発達の対象として、文芸を歓迎し・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・ われわれは、生産経済計画を百パーセントに充すとともに、文化戦線を閑却してはいけない。九千人の労働者から九百人の文学衝撃隊は、ちっとも多くないんだ。寧ろ少い!」 カサのない電球が天井から二箇所にぶら下って室内を照している。緊張した空・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・いかに単純化した手法を用うるにしても、顔面のあらゆる筋肉や影や色を閑却しようとしない洋画家は、歴史上の人物の肖像を描き得るために、モデルを前に置いたと同じ明らかさをもって、想像の人間の顔を幻視し得ねばならぬ。このことは画家にとって非常な難事・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫