・・・私は目下温泉保養の決心をして、やすくて閑静なところを調査中です。栄さんとゆくために。私が書いている評伝の後に興味ある文化年表をつけます。そちらの方を受持っていてくれるので、共通の仕事もあるから。三週間位の予定です。多分信州の上林へゆきます。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 用事があって千駄ケ谷の方へ出かけたら、一つの閑静な通りの二ヵ所に、同じ種類の立札があった。けれども、ここの町内のは小さく三角形の頂きをもったものではなくて、四分板へいきなり名誉戦死者の軍人としての階級も大書して、それを門傍の塀へ、塀い・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・雑草が茂っている石段に腰かけると、そこは夏でも涼しくて、砂利をしいた正門前の広庭を蜥蜴が走ってゆくのや、樫の大木の幹や梢が深々と緑に輝く様が、閑静な空気のなかに見わたせた。遠くの運動場の方からは長い昼休みのさわぎが微にきこえて来る。私はそこ・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・が事務所に出勤し、一寸芝居でも見に出かけるには如何にも都合よい下町の家があったのだけれども、子供の為に、生理的、精神的に危険が多いから、自分達は着物一組ずつを儉約して、部屋代の高価な山の手の公園近くの閑静な場所に移る。玩具は、誕生日、名づけ・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・私のために、出来る丈快く、出来るだけ閑静にと考えて建てられた場所は、彼にもそのプリブレージを味わせて充分潔よいものであると信じて居たのである。 けれども、十五日も経つと、自分は、期待に反した苦痛を味わなければならないのを知り始めた。非常・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・父とロンドンの生活とにまだその頃は在った閑静さ。 書簡註。おおこれは又何たる古典的「もうとるかあ!」燃えるような落日に森が黒い帯と連っている路を一人の美人が「もうとるかあ」を操縦して馳けている。坐席がびっくりする程高い・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・成程、車庫は白服でつまってそのまわりはなめたように閑静だし、罷業団は職場以外のそれぞれのところに塊まって気勢をあげている。その状態を、見事な双方の統制というのかもしれぬけれど、どの電車の内、停留場にでも貼られているのは、電気局の儀式ばった印・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・美術館の横手をのぼって、博物館前を上野の見晴しの方へ通じるこの大通りは、東京の風景がこんなに変った今もやはりもととあまり違わない閑静さをたもっている。美術学校の左側の塀を越して、紅葉した黄櫨の枝がさし出ている。初冬の午後の日光に、これがほん・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・四十がらみのその女は、「ずっと下町にいるから当分淋しくって困るかも知れないと思いますけれど、私も伜も体が丈夫な方じゃないから、一つ思い切って閑静なとこへ引込んで呑気に暮そうと思いましてね」などと、静かなうちに歯切れよく話した。「・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・八分どおりは満員だが、窓ガラスの中は比較的閑静で車室に人の立つあきはある。これはすいている と思って見ていると、やはりステップに立ってつかまっている人々がかなりある。しかも最後の車台が通りすぎようとしたとき 一人のカーキ色服の男が、最後尾の・・・ 宮本百合子 「無題(十二)」
出典:青空文庫