・・・妻は医者の間に合いの気休めをすっかり信じて、全く一時的な気管の出血であったと思っていたらしい。そうでないと信じたくなかったのであろう。それでもどこにか不安な念が潜んでいると見えて、時々「ほんとうの肺病だって、なおらないときまった事はないので・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・来るにしても駕籠に揺られて五十三次を順々に越すのだから、たやすくは間に合いかねます。間に合わないですむとすれば、私がどんな人間であるかは、諸君に知れずにすんでしまう訳である。知られなければよほどえらい人だと思ってくれやしないかと思う。こうや・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ 今朝町に参った若い者は、町中のものが、良いおねだんの張った馬がさばけるし、武器の御注文は間に合いかねるほどだ と申してお城の様子をきいたものさえあると申して居りましたの。老近侍はだまって女達の話をきいて居る。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫