・・・ そう云う次第だから、斉広は、登城している間中、殆どその煙管を離した事がない。人と話しをしている時は勿論、独りでいる時でも、彼はそれを懐中から出して、鷹揚に口に啣えながら、長崎煙草か何かの匂いの高い煙りを、必ず悠々とくゆらせている。・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・とにかくその間中何小二は自分にまるで意味を成さない事を、気違いのような大声で喚きながら、無暗に軍刀をふりまわしていた。一度その軍刀が赤くなった事もあるように思うがどうも手答えはしなかったらしい。その中に、ふりまわしている軍刀のつかが、だんだ・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ 東京附近の自動車道路の詳細な地図はないかと思ってこの間中探したが見付からなかった。鳥瞰図式の粗雑なものはあったが、図がはなはだしく歪められているので正確な距離や方角の見当がつかないし、またどのくらい信用出来るかも不明である。鉄道省で出・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・腰掛の一番後ろの片隅に寄りかかって入口の脇のガラス窓に肱をもたせ、外套の襟の中に埋るようになって茫然と往来を眺めながら、考えるともなくこの間中の出来事を思い出している。 無病息災を売物のようにしていた妹婿の吉田が思いがけない重患に罹って・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・ 秋山は、ベルの中絶するのを待っている間中、十数年来、曾てない腰の痛みに悩まされていた。その時間は二分とはなかった、が彼には二時間にも思えた。 秋山は平生から信じていた。導火線に火を移す時は、たといどんな病気でも、一時遠慮するものだ・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ 本田富次郎の頭脳が、兎に角物を言う事の出来た間中は、彼は此地方切っての辣腕家であった。 他の地主たちも、彼に倣って立入禁止を断行した。そして、累卵の危きにあるを辛うじて護る事が出来た。小作人どもは、ワイワイ云ってるだけで、何とも手・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・みんなはそれから番号をかけて右向けをして順に入口からはいりましたが、その間中も変な子供は少し額に皺を寄せて〔以下原稿数枚なし〕と一郎が一番うしろからあまりさわぐものを一人ずつ叱りました。みんなはしんとなりました。「みなさん休みは・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ この間中、田舎に行っていたうち何かで、或る作家が、女性の作品はどうしても拵えもので、千代紙のようでなければ、直に或る既成の哲学的概念に順応して行こうとする傾向がある、と云うような意味の話をされた事を読んだ。 これは新しい評言ではな・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・この間中は一時間、二時間おきに起きてないて、私は全くグロッキーになり、一昨日は病人となりました。手つだいの人達が気の毒に思って自分達の方へ寝かしてくれ、一晩でかぶとを脱ぎ、昨晩は、さてこれから一合戦と覚悟をきめていたら、思いもかけず眠り通し・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 叔父が入院して居る間中動けない時には毎日毎日欠かさず一度ずつは学校から帰ると先(ぐお見舞に行くのが常であった。 どんな病室であったかまるで覚えては居ないが、何でも入口から室までの廊下が大変長く静かで、両側の白壁に気味悪く反響する足・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫