・・・「からかっちゃ困るよ。闇屋に二千円借りたんだが、その金がないんだ」「二千円ぐらいの金がない君でもなかろう。世間じゃ君が十万円ためたと言ってるぜ」「へえ? 本当か?」 びっくりしていた。「十万円あれば、高利貸に二千円借りる・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ところが闇市でこっそり拡げた風呂敷包にはローソクが二三十本、俺だけは断じて闇屋じゃないと言うたちゅう、まるで落し話ですな。ローソクでがすから闇じゃないちゅう訳で……。けッけッけッ……」 自分で洒落を説明すると、まず私の顔色をうかがってこ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・細君がそれを全部、闇屋に売って、老母や子供のよろこぶようなものを買う。ケチでは無いのだ。夫も妻も、家庭をたのしくするために、全力を尽しているのだ。もともと、この家族は、北多摩郡に本籍を有していたのであったが、亡父が中学校や女学校の校長として・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・東京へ帰って来てからは私はただもう闇屋の使い走りを勤める女になってしまったのですもの。五、六年東京から離れているうちに私も変りましたけれども、まあ、東京の変りようったら。夜の八時ごろ、ほろ酔いのブローカーに連れられて、東京駅から日本橋、それ・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・ 彼は、その女を知っていた。闇屋、いや、かつぎ屋である。彼はこの女と、ほんの二、三度、闇の物資の取引きをした事があるだけだが、しかし、この女の鴉声と、それから、おどろくべき怪力に依って、この女を記憶している。やせた女ではあるが、十貫は楽・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・そうして、ふっと私は、闇屋になろうかしらと思いました。しかし、闇屋になって一万円もうけた時のことを考えたら、すぐトカトントンが聞えて来ました、 教えて下さい。この音は、なんでしょう。そうして、この音からのがれるには、どうしたらいいのでし・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・つまり、その漁師は、青森あたりにさかなを売りに行って、そうして帰りに青森の闇屋にだまされて、三升、いや、四升かも知れん、サントリイウイスキイなる高級品を仕入れて来て、そうしてきょう朝っぱらから近所の飲み仲間を集めて酒盛りをひらいていた、そこ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・「ま、あなた、何をしていらっしゃる。」 豆ランプの光で見るスズメの顔は醜くかった。森ちゃんが、こいしい。「ひとりで、こわかったんだよ。」「闇屋さん、闇におどろく。」 自分があのお金を、何か闇商売でもやってもうけたものと、・・・ 太宰治 「犯人」
・・・荷風、潤一郎は昨今では闇屋の作家である。と云われている言葉がある。新聞には三千五百円の句集ということが話題にされているけれども、この間の晩、三省堂の店頭に据えられたマイクは、あんなに書籍払底を訴えていた。それを訴える声々は、どれもみんな若か・・・ 宮本百合子 「豪華版」
・・・学生も食うために闇屋さえやっている。憲法で云われているだけでは駄目である。実際の可能を作って行かなければ、教育の民主化という問題は甚しい欺瞞となる。 すべての人は働くことができる。そうであるならば最低限の生活の安定がその勤労によって保た・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
出典:青空文庫