・・・小牛のように大きい、そして闘争的な蒙古犬は、物凄くわめき、体躯を地にすりつけるようにして迫ってきた。それは、前から襲いかゝってくるばかりでなく、右や、左や、うしろから人間のすきを伺った。そして、脇の下や、のど笛をねらってとびかゝった。浜田は・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 日本人への反感と、彼の腕と金とが行くさきざきで闘争をした。そして彼の腕と金はいつも相手をまるめこんだ。 三 橇は中隊の前へ乗りつけられた。馬が嘶きあい、背でリンリン鈴が鳴った。 各中隊は出動準備に忙殺さ・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・芸術は拘束より生れ、闘争に生き、自由に死ぬのであります。」 なかなか自信ありげに、単純に断言している。信じなければなるまい。 私の隣の家では、朝から夜中まで、ラジオをかけっぱなしで、甚だ、うるさく、私は、自分の小説の不出来を、そのせ・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・はたちになるやならずの頃に、既に私たちの殆んど全部が、れいの階級闘争に参加し、或る者は投獄され、或る者は学校を追われ、或る者は自殺した。東京に出てみると、ネオンの森である。曰く、フネノフネ。曰く、クロネコ。曰く、美人座。何が何やら、あの頃の・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・(私はこの手記に於いて、ひとりの農夫の姿を描き、かれの嫌悪すべき性格を世人に披露し、以て階級闘争に於ける所謂「反動勢力」に応援せんとする意図などは、全く無いのだという事を、ばからしいけど、念のために言い添えて置きたい。それはこの手記のお・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ザラツストラは、一切の人生を善と悪との間に起る不断の闘争であると考えた。これはユダヤ人にとって全く新しい思想であった。それまで彼等は、エホバと呼ばれた万物の唯一の主だけを認めていた。物事が悪く行ったり戦いに敗れたり病気にかかったりすると、彼・・・ 太宰治 「誰」
映画「マルガ」の中でいちばんおもしろいと思ったのは猛獣大蛇などの闘争の場面である。 闘争を仕組んだのは人間であろうが、闘争者のほうではほんとうに真剣な生命をかけた闘争をして見せるのであるから、おもしろくないわけには行か・・・ 寺田寅彦 「映画「マルガ」に現われた動物の闘争」
・・・ たとえば人間が始まって以来今日までかつて断えた事のないあらゆる闘争の歴史に関するいろいろの学者の解説は、一つも私のふに落ちないように思われた。……私には牛肉を食っていながら生体解剖に反対している人たちの心持ちがわからなかった。……人間・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・しかしこれがかえっていわゆる近代人の闘争趣味には合うのかもしれないと思われるのであった。 しかし、時代思想がどう変わってもバイオリンの音の出し方には変わりがないのは不思議である。いわゆる思想は流動しても科学的の事実は動かないからであろう・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・このような闘争殺戮の世界が、美しい花園や庭の木立ちの間に行なわれているのである。人間が国際連盟の夢を見ている間に。 ある学者の説によると、動物界が進化の途中で二派に分かれ、一方は外皮にかたいキチン質を備えた昆虫になり、その最も進歩したも・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
出典:青空文庫