・・・小田原を過ぐればこの頃の天気の癖とて雨はらはらと降りいでたり。笠は奉納せり。車は禁物なり。いかがはせんと並松の下に立ちよれども頼む木蔭も雨の漏りけり。ままよと濡れながら行けばさきへ行く一人の大男身にぼろを纏い肩にはケットの捲き円めたるを担ぎ・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・実習している間になんべんも降りたのだ。けれども飛びあがるところはつい見なかった。ひばりは降りるときはわざと巣からはなれて降りるから飛びあがるとこを見なければ巣のありかはわからない。一千九百二十五年五月六日今日学校で武・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
一面、かなり深い秋霧が降りて水を流した様なゆるい傾斜のトタン屋根に星がまたたく。 隣の家の塀内にある桜の並木が、霧と光線の工合で、花時分の通りの美くしい形に見える。 白いサヤサヤと私が通ると左右に分れる音の聞える様・・・ 宮本百合子 「秋霧」
・・・と云って、小川は変な顔をして、なんと思ったか、それきり電車を降りるまで黙っていた。 小川に分かれて、木村は自分の部屋の前へ行って、帽子掛に帽子を掛けて、傘を立てて置いた。まだ帽子は二つ三つしか掛かっていなかった。 戸は開け放して、竹・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・載せられて来たものは一人ずつ降りた。押丁がそれを広い糺問所に連れ込む。一同待合室で待たせられる。そこでは煙草を呑むことが禁じてある。折々眼鏡を掛けた老人の押丁が出て名を呼ぶ。とうとうツァウォツキイの番になって、ツァウォツキイが役人の前に出た・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・すると、幌の中からは婦人が小さい女の子を連れて降りて来た。「いらっしゃいませ。今晩はまア、大へんな降りでこざいまして。さア、どうぞ。」 灸の母は玄関の時計の下へ膝をついて婦人にいった。「まアお嬢様のお可愛らしゅうていらっしゃいま・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・汽車に揺られて、節々が痛む上に、半分寐惚けて、停車場に降りた。ここで降りたのは自分一人である。口不精な役人が二等の待合室に連れて行ってくれた。高い硝子戸の前まで連れて来て置いて役人は行ってしまった。フィンクは肘で扉を押し開けて閾の上に立って・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・たとえば、蓮華草この辺にもとさがし来て犀川岸の下田に降りつげんげん田もとめて行けば幾筋も引く水ありて流に映るおほどかに日のてりかげるげんげん田花をつむにもあらず女児らさきだつは姉か蓮華の田に降りてか行きかく行く十歳下三人・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫