・・・ 太宰治の死に際して、受動的な形であらわれた民主的批評の実質についての危機は、つづいて一昨年の初夏、多くの文学者が、反ファシズムと戦争反対の要求にたって民主的陣営との統一的な動きにすすんで来てから、今日にまでの民主的批評家の活動にあらわ・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・ 第一に、どんな小さいどの陣営の作品をとりあげた場合でも、その批評をよむと、ハハア、小説を読むときはこういうところが急所なんだナと納得のゆくように批評を書いて行くことである。 高度な理論に関するものでも、もしその人が全体の関係におい・・・ 宮本百合子 「こういう月評が欲しい」
・・・の反革命的要素と飽くまで闘争しながらも、自己の陣営内で、極左的傾向を注意ぶかく批判したわけがここにあるのである。 プロレタリア詩人、ベズィメンスキーは、一九二九年、ラップが「大衆の中へ!」というスローガンをかかげていた頃「射撃」という詩・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・文学における政治の優位、別のことばで云えば、文学の階級性の確認とその発展の方向についての革命的認識――を否定する作家・評論家が、こんにちでは、民主陣営にある文学と政治の優位性に関する歪曲を利用して、民主主義文学運動を非難するという現実が見ら・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・いざという場合はソヴェト国家がその陣営に加えられた幼い一員に対して社会的連帯責任を負う。「子供の家」は最後の網となって経済能力の弱い母の手から脱落しようとする子を社会の成員として受けとめるのである。 女の中に予期された母性の経済的独立を・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 小林多喜二の生涯と文学とは、民主主義陣営の間においてさえも、まだ全面的な正常さでうけとられていると云えない。それは、最近行われた「小林多喜二的身構え」という言句をめぐる論争の性格を検べて見てもよくわかる。小林多喜二は人民解放史と文学史・・・ 宮本百合子 「小林多喜二の今日における意義」
・・・ 事実、ジイドのこのソヴェト紀行は世界のファシストの陣営から拍手をもって迎えられた。ファシストの新聞は彼を仲間と呼んで歓迎している。フランスの週刊雑誌『カンジット』はジイドをトロツキイストと呼んでいるということも肯ける。そして、これらの・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・ 当時叫ばれた文芸復興の声は、プロレタリア文学の陣営に属していた人々の間から上った。しかし、その復興さるべき文学は、文学一般を漠然とさしたのであって、過去十年の間に重ねられて来た新しい文学の見解を継承し発展させようとするものではなかった・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 雑誌編集者も作家自身も、戦争協力に対する責任の追求が、政府のがわからはきわめて緩慢で申訳け的であり、人民の民主的自覚がおくらされているために、民主的文化の陣営からの追求も居直ってしまうことが可能であるということを発見した結果です。『文・・・ 宮本百合子 「一九四七・八年の文壇」
・・・プロレタリアの陣営にうつるか、同伴者として存在するか、反動にかたまるか、脱落するか、インテリゲンツィアの行く道は、そういうふうに幾通りかに単純化されていて、たとえば有島武郎にしろ、芥川龍之介にしろ、自身の生死と人民解放運動とを、あんなに深刻・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
出典:青空文庫