・・・ここ嶮峻なる絶壁にて、勾配の急なることあたかも一帯の壁に似たり、松杉を以て点綴せる山間の谷なれば、緑樹長に陰をなして、草木が漆黒の色を呈するより、黒壁とは名附くるにて、この半腹の洞穴にこそかの摩利支天は祀られたれ。 遥かに瞰下す幽谷は、・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・そうすると、雪や氷の蔽っている足がかりもないような険峻の処で、そういうことが起ったので、忽ちクロスは身をさらわれ、二人は一つになって落ちて行きました訳。あらかじめロープをもって銘の身をつないで、一人が落ちても他が踏止まり、そして個の危険を救・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・大内義弘亡滅の後は堺は細川の家領になったが、其の怜悧で、機変を能く伺うところの、冷酷険峻の、飯綱使い魔法使いと恐れられた細川政元が、其の頼み切った家臣の安富元家を此処の南の荘の奉行にしたが、政元の威権と元家の名誉とを以てしても、何様もいざこ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
出典:青空文庫