・・・それが恵印に出会いますと、ふだんから片意地なげじげじ眉をちょいとひそめて、『御坊には珍しい早起きでござるな。これは天気が変るかも知れませぬぞ。』と申しますから、こちらは得たり賢しと鼻を一ぱいににやつきながら、『いかにも天気ぐらいは変るかも知・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ と屹といったが、腹立つ下に心弱く、「御坊さんに、おむすびなんか、差上げて、失礼だとおっしゃるの。 それでは御膳にしてあげましょうか。 そうしましょうかね。 それでははじめから、そうしてあげるのだったんですが、手はなし、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・また或人申しけるは、容顔美麗なる白拍子を、百人めして、――「御坊様。」 今は疑うべき心も失せて、御坊様、と呼びつつ、紫玉が暗中を透して、声する方に、縋るように寄ると思うと、「燈を消せ。」 と、蕭びたが力ある声して言った。・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・……消えるまで、失せるまでと、雨露に命を打たせておりますうちに――四国遍路で逢いました廻国の御出家――弘法様かと存ぜられます――御坊様から、不思議に譲られたでござります。竹操りのこの人形も、美しい御婦人でござりますで、爺が、この酒を喰います・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・この支流は初め隠坊堀とよばれ、下流に至って境川、また砂村川と称せられたことをも知り得た。露伴先生の紀行によると、明治三十年頃、境川の両岸には樹木が欝蒼として繁茂していた事が思い知られるのであるが、今日そのあたりには埋立地に雑草のはびこる外、・・・ 永井荷風 「放水路」
出典:青空文庫