・・・ 憤慨と、軽侮と、怨恨とを満たしたる、視線の赴くところ、麹町一番町英国公使館の土塀のあたりを、柳の木立ちに隠見して、角燈あり、南をさして行く。その光は暗夜に怪獣の眼のごとし。 二 公使館のあたりを行くその怪獣・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・磴たるや、山賊の構えた巌の砦の火見の階子と云ってもいい、縦横町条の家ごとの屋根、辻の柳、遠近の森に隠顕しても、十町三方、城下を往来の人々が目を欹れば皆見える、見たその容子は、中空の手摺にかけた色小袖に外套の熊蝉が留ったにそのままだろう。・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 浅草は今では活動写真館が軒を並べてイルミネーションを輝かし、地震で全滅しても忽ち復興し、十二階が崩壊しても階下に巣喰った白首は依然隠顕出没して災後の新らしい都会の最も低級な享楽を提供している。が、地震では真先きに亡ぼされたが、維新の破・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・一度もまだはいって行ってみたことのない村の、黝んだ茅屋根は、若葉の出た果樹や杉の樹間に隠見している。前の杉山では杜鵑や鶯が啼き交わしている。 ふと下の往来を、青い顔して髯や髪の蓬々と延びた、三十前後の乞食のような服装の男が、よさよさと通・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・高台に出ると四辺がにわかに開けて林の上を隠見に国境の連山が微かに見える。『山!』と自分は思わず叫んだ。『どこに、どこに、』と小山はあわただしく問うた。自分の指さす方へ、近眼鏡を向けて目をまぶしそうにながめていたが、『なるほど山だ・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 暫くすると川向の堤の上を二三人話しながら通るものがある、川柳の蔭で姿は能く見えぬが、帽子と洋傘とが折り折り木間から隠見する。そして声音で明らかに一人は大津定二郎一人は友人某、一人は黒田の番頭ということが解る。富岡老人も細川繁も思わず聞・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・胤酔えば三郎づれが鉄砲の音ぐらいにはびくりともせぬ強者そのお相伴の御免蒙りたいは万々なれどどうぞ御近日とありふれたる送り詞を、契約に片務あり果たさざるを得ずと思い出したる俊雄は早や友仙の袖や袂が眼前に隠顕き賛否いずれとも決しかねたる真向から・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・とあるのは、熔岩流の末端の裂罅から内部の灼熱部が隠見する状況の記述にふさわしい。「身一つに頭八つ尾八つあり」は熔岩流が山の谷や沢を求めて合流あるいは分流するさまを暗示する。「またその身に蘿また檜榲生い」というのは熔岩流の表面の峨々たる起伏の・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・百尺岩頭燈台の白堊日にかがやいて漁舟の波のうちに隠見するもの三、四。これに鴎が飛んでいたと書けば都合よけれども飛魚一つ飛ばねば致し方もなし。舟傾く時海また傾いて深黒なる奔潮天と地との間に向って狂奔するかと思わるゝ壮観は筆にも言語にも尽すべき・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・その他幻のごとき殿宇は煤を含む雲の影の去るに任せて隠見す。「倫敦の方」とはすでに時代後れの話である。今日チェルシーに来て倫敦の方を見るのは家の中に坐って家の方を見ると同じ理窟で、自分の眼で自分の見当を眺めると云うのと大した差違はない。し・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
出典:青空文庫