・・・ 河内山は、小声でこう云って、煙管の雁首を、了哲の鼻の先へ、持って行った。「とうとう、せしめたな。」「だから、云わねえ事じゃねえ。今になって、羨ましがったって、後の祭だ。」「今度は、私も拝領と出かけよう。」「へん、御勝手・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ と返事は強いないので、七兵衛はずいと立って、七輪の前へ来ると、蹲んで、力なげに一服吸って三服目をはたいた、駄六張の真鍮の煙管の雁首をかえして、突いて火を寄せて、二ツ提の煙草入にコツンと指し、手拭と一所にぐいと三尺に挟んで立上り、つかつ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ と中腰に立って、煙管を突込む、雁首が、ぼっと大きく映ったが、吸取るように、ばったりと紙になる。「消した、お前さん。」 内証で舌打。 霜夜に芬と香が立って、薄い煙が濛と立つ。「車夫。」「何ですえ。」「……宿に、桔・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 雑所は前のめりに俯向いて、一服吸った後を、口でふっふっと吹落して、雁首を取って返して、吸殻を丁寧に灰に突込み、「閉込んでおいても風が揺って、吸殻一つも吹飛ばしそうでならん。危いよ、こんな日は。」 とまた一つ灰を浴せた。瞳を返し・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ と横のめりに平四郎、煙管の雁首で脾腹を突いて、身悶えして、「くッ、苦しい……うッ、うッ、うッふふふ、チ、うッ、うううう苦しい。ああ、切ない、あはははは、あはッはッはッ、おお、コ、こいつは、あはは、ちゃはは、テ、チ、たッたッ堪らん。・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・人差指に雁首を引掛けてぶら下げておいてから指で空中に円を画きながら煙管をプロペラのごとく廻転するという曲芸は遠心力の物理を教わらない前に実験だけは卒業していた。 いつも同じ羅宇屋が巡廻して来た。煙草は専売でなかった代りに何の商売にもあま・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・それが年の始めのいちばんだいじな元旦の朝となると、きまってきげんが悪くなって、どうかすると煙草盆の灰吹きを煙管の雁首で、いつもよりは耳だって強くたたくこともしばしばあった。 その老人のむすこにはその理由がどうしてもわからなかったのであっ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫