・・・その他日本的な種々雑多な因子としている上に、将来日本が憲法をかえてさえ再武装するかもしれないという信じがたいほどの民族的苦痛の要因に重くされている。 わたしが生活と文学とにコンプレックスを全然持たないか、或は極く少くしかもたない女だとい・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・夜は九時から十一時前後、ホテルの黒猫は廊下のエナメル痰壺のわきに香箱をつくって種々雑多な色の靴とヤカンの行進を眺めていた。各々の足音が違うように大小恰好の違うヤカンを下げたホテルの住人が汽車から駅の湯沸所へ通うようにホテルの廊下を往来するの・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・その種々相を透して、さながら、プリズムの転廻を見るように、種々雑多な人間性が現われて参ります。 その一色をも逃すまいとして、私はどんなに緊張して居りますでしょう。目前に現われて居るのは、本の上に印刷された理論的な文字ではございません。生・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ そういう夜なか、さては頭の痛い昼間、種々雑多な疑問が苦しく心にせめかけた。うちでも学校でも、大人の世界は奇妙で、そこにある眼はむこうからばかり都合のいいようにこちらに向けられているように感じられる。たとえば、どこの親でも何心なく云うよ・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・それと同様、広い庭先は種々雑多の車が入り乱れている――大八車、がたくり馬車、そのほか名も知れぬ車の泥にまみれて黄色になっているのもある。 中食の卓とちょうど反対のところに、大きな炉があって、火がさかんに燃えていて、卓の右側に座っている人・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・その時フィンクは疲れて過敏になった耳に種々雑多な雑音を聞いた。そしてその雑音を聞き定めようとしている。なんだかそれが自分に対してよそよそしい、自分に敵する物の物音らしく思われる。どうも大勢の人が段々自分の身に近寄って来はしないかというような・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・内容は、武田信玄の家法、信玄一代記、家臣の言行録、山本勘助伝など雑多であるが、書名から連想せられやすい軍法のことは付録として取り扱われている程度で、大体は道徳訓である。この書がもしその標榜する通りに成立したものであるならば、『多胡辰敬家訓』・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・――これらのものが絶えず雑多な問題を呼び醒ます。 私の努力はそれと徹底的に戦って自己の生活を深く築くにある。私の心は日夜休むことがない。私は自分の内に醜く弱くまた悪いものを多量に認める。私は自己鍛錬によってこれらのものを焼き尽くさねばな・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
・・・酒粕に漬けた茄子が好きだというので、冬のうちから、到来物の酒粕をめばりして、台所の片隅に貯えておき、茄子の出る夏を楽しみに待ち受ける、というような、こまかい神経のくばり方が、種々雑多な食物の上に及んでいたばかりでなく、着物や道具についてもそ・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
・・・もちろんそこにはわれわれの思いも及ばない旺盛な記憶力が伴なっているのではあろうが、しかし記憶力だけではかえって雑然としてまとまりがつかないであろう。雑多な記憶材料に一定の方向を与え、それを整然とした形に結晶させた力は、あくまでも探求心である・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫