・・・一昨年来急に世界的に有名になってから新聞雑誌記者は勿論、画家彫刻家までが彼の門に押しよせて、肖像を描かせろ胸像を作らしてくれとせがむ。講義をすまして廊下へ出ると学生が押しかけて質問をする。宅へ帰ると世界中の学者や素人から色々の質問や註文の手・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・雪江が私の机の側へ来て、雑誌などを読んでいるときに、それとなく話しかける口吻によってみると、彼女には幾分の悶えがないわけにはいかなかった。学校を出てから、東京へ出て、時代の新しい空気に触れることを希望していながら、固定的な義姉の愛に囚われて・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
一 私は今年四十二才になる。ちょうどこの雑誌の読者諸君からみれば、お父さんぐらいの年頃であるが、今から指折り数えると三十年も以前、いまだに忘れることの出来ないなつかしい友達があった。この話はつくりごとでないから・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ わたくしは西洋種の草花の流行に関して、それは自然主義文学の勃興、ついで婦人雑誌の流行、女優の輩出などと、ほぼ年代を同じくしていたように考えている。入谷の朝顔と団子坂の菊人形の衰微は硯友社文学とこれまたその運命を同じくしている。向島の百・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 小生は日本の文芸雑誌をことごとく通読する余裕と勇気に乏しいものである。現に花袋君の主宰しておらるる「文章世界」のごときも拝見しておらん。向後花袋君及びその他の諸君の高説に対して、一々御答弁を致す機会を逸するかも知れない。その時漱石は花・・・ 夏目漱石 「田山花袋君に答う」
・・・――当時、最も博く読まれた基督教の一雑誌があった。この雑誌では例の基督教的に何でも断言して了う。たとえば、此世は神様が作ったのだとか、やれ何だとか、平気で「断言」して憚らない。その態度が私の癪に触る。……よくも考えないで生意気が云えたもんだ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ある雑誌へ歌を送らねばならぬ約束があるので、それからまだ一時間ほど起きて居て歌の原稿を作った。 翌日も熱があったがくたびれ紛れに寝てしもうた。 そのまた翌日即ち五月一日には熱が四十度に上った。〔『ホトトギス』第三巻第十号 明治3・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。 ところが先生は早くもそれを見附けた・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ これらの題目のうちで、過去二十年間、日本の婦人雑誌が扱ったことのないというトピックが、只の一つでもあるだろうか。大衆的な某誌は、その反動保守的な編輯方針の中で、色刷り插絵入りで、食い物のこと、悲歎に沈む人妻の涙話、お国のために疲れを忘・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・木村の関係している雑誌に出ている作品には、どれにも情調がない。木村自己のものにも情調がないようである。」 約めて言えばこれだけである。そして反対に情調のある文芸というものが例で示してあったが、それが一々木村の感服しているものでなかった。・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫