・・・ いっしょに連れて行った二人を老師に引き合せて、巡錫の打ち合せなどを済ました後、しばらく雑談をしているうちに、老師から縁切寺の由来やら、時頼夫人の開基の事やら、どうしてそんな尼寺へ住むようになった訳やら、いろいろ聞いた。帰る時には玄関ま・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
・・・里の市が流して行く笛の音が長く尻を引いて、張店にもやや雑談の途断れる時分となッた。 廊下には上草履の音がさびれ、台の物の遺骸を今室の外へ出しているところもある。はるかの三階からは甲走ッた声で、喜助どん喜助どんと床番を呼んでいる。「う・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・が発表された後の頃であったが、あなたはごく寛ろいだ雑談の間で、こういう意味のことを云われたことがありました。世間のひとはあの作品を見て、私が飛躍でもしたように云うけれども、私はちっとも飛躍なんかしてはいないのよ。ただ子供たちと一緒に大きくな・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
・・・ 波間 東海道線を西の方から乗って来て、食堂などにいると、この頃の空気が声高な雑談の端々から濛々とあたりを罩めている。儲けたり、儲けそこなったりの話である。 或るカイタイ会社が北海道のどこかで暗礁にのりあげ・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・やビヤホールの群集の中にまじりこんで、一般労働者の仲間の雑談をもきく。そして、彼の見聞を記録するとしても、その作家が、ソヴェト・フォード工場の建てられた社会的意義を、社会主義的生産拡大を決心したプロレタリアートの立場から理解していなかったと・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・最初は敵の手掛りを聞き出そうとして、雑談に耳を傾けていたのだが、後には只何となしにそこで話していたのである。文吉はそう云う家を尋ねた。しかしどこにもいなかった。その晩には遅くなるまで九郎右衛門が起きていて、宇平の帰るのを待ったが、とうとう帰・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・そして友達と雑談をするとき、「小説家なんぞは物を知らない、金剛石入の指環を嵌めた金持の主人公に Manila を呑ませる」なぞと云って笑うのである。石田が偶に呑む葉巻を毛布にくるんで置くのは、火薬の保存法を応用しているのである。石田はこう云・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・ある日化学をしている友人が来たので雑談をしているうちに、私がこう云った。「ギョオテは詩人で同時に自然学者だ。それにファウスト第二部で悪魔が地の下に堕されて、苦しまぎれに上からも下からも臭い瓦斯を出したと云う処に、硫酸を出したと云ってある。硫・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・夜なかが過ぎて一時になりましたころ、わたくしは雑談をいたしているのが厭になって来ましたので、わたくしどもを呼んで下すった奥さんに暇乞をいたしましたの。その時あなたはその奥さんの側に立っていらっしゃって、わたくしの顔をじっと見ていらっしゃいま・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・お帰りのあとはいつも火の消たようですが、この時の事は、村のものの一年中の話の種になって、あの時はドウであった、コウであったのと雑談が、始終尽ない位でした。 僕はまだ少さかったけれど、あの時分の事はよく覚えていますよ。サアお出だというお先・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫