・・・これらの概念と定義とが方則の云い表わしと切り離し難きはこのためなり。物理的自然現象を限定すべき条件等がすべてこれらの有限なる独立変数にて代表され得るや否やは別問題として、現在の物理学的科学の程度において、従来の方法によりて予報をなし得る範囲・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・模様があまり細か過ぎるので一寸見ると只不規則の漣れんいが、肌に答えぬ程の微風に、数え難き皺を寄する如くである。花か蔦か或は葉か、所々が劇しく光線を反射して余所よりも際立ちて視線を襲うのは昔し象嵌のあった名残でもあろう。猶内側へ這入ると延板の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・またあるものは自家の紋章を刻み込んでその中に古雅な文字をとどめ、あるいは盾の形を描いてその内部に読み難き句を残している。書体の異なるように言語もまた決して一様でない。英語はもちろんの事、以太利語も羅甸語もある。左り側に「我が望は基督にあり」・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・人に教うるに常情以外の難きを以てす、教育家の事に非ざるなり。元来尊敬は外にして親愛は内なり。内に親愛の至情なきも外面に尊敬の礼を表することは易きが故に、舅姑に対して朝夕の見舞を闕く可らずと教うれば、教の如く見舞うことも易し。勤む可き業を怠る・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ ゆえに政府たる者が人民の権を認むると否とに際して、その加減の難きは、医師の匕の類に非ず、これを想い、またこれを思い、ただに三思のみならず、三百思もなお足るべからずといえども、その細目の適宜を得んとするは、とうてい人智の及ぶところに非ざ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・其故如何と尋るに、実際箇々の人に於ては各々自然に備わる特有の形ありて、夫の人の意も之が為に妨げられ遂に全く見われ難きによるなり。故曰、形は偶然のものにして変更常ならず、意は自然のものにして万古易らず。易らざる者は以て当にすべし、常ならざる者・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・しかれども複雑なるものも活動せるものも少しくこれを研究せんか、これを描くことあながち難きにあらず。ただ俳句十七字の小天地に今までは辛うじて一山一水一草一木を写し出だししものを、同じ区劃のうちに変化極まりなく活動止まざる人世の一部分なりとも縮・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・―― なほ子は、新たな愛の自覚から、一層母をこの世に於て離れ難き者に感じ涙をこぼした。 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・という題は、藤村の「我が胸の底のここには言い難き秘事住めり」という文句で始まっている詩からとられた題だそうです。この小説はまだ四回しか出ていない。どういうふうになって行くのか今からはわからないけれども、幼年時代のことから書きはじめられて作者・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・そうして、悲しむべき事を悲しまず、偉大な者にひざまずかず、畢竟人類の努力に対して没交渉であろうとする彼らの態度に、抑え難き憤怒を感じます。しかもこのような人がいかに多いことでしょう。彼らの前には偉大な芸術も思想も味なき塩と異ならないのです。・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫