・・・賑いますのは花の時分、盛夏三伏の頃、唯今はもう九月中旬、秋の初で、北国は早く涼風が立ますから、これが逗留の客と云う程の者もなく、二階も下も伽藍堂、たまたまのお客は、難船が山の陰を見附けた心持でありますから。「こっちへ。」と婢女が、先に立・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・その夜、難船をした船は、数えきれない程でありました。 不思議なことに、赤い蝋燭が、山のお宮に点った晩は、どんなに天気がよくても忽ち大あらしになりました。それから、赤い蝋燭は、不吉ということになりました。蝋燭屋の年より夫婦は、神様の罰が当・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・その夜、難船をした船は、数えきれないほどであります。 不思議なことには、その後、赤いろうそくが、山のお宮に点った晩は、いままで、どんなに天気がよくても、たちまち大あらしとなりました。それから、赤いろうそくは、不吉ということになりました。・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・水先案内が、人の難船するのを待っていて自分の収入にするのと同じ事だわ。だがね、やっぱりそのお前さんは可哀そうな女なのね。まあ、手負いのようなものだわ。手負いが自分の身をはかなむように、お前さんも自分の身をはかなんでいるのだわ。お前さんの意地・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・自分も一度運悪くこの難船にぶつかって何かケルクショーズをしなければならないことになったので、そのケルクショーズの思案に苦しんでいたら隣席の若いドイツ人がドイツ語でこっそり「いちばん年とったダーメに花を捧げたまえ」と教えてくれた。幸いにドイツ・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・いくら難船の船乗りが星で方角を定めようたって雲で見えはしない。天文台の星の係りも今日は休みであくびをしてる。いつも星を見ているあの生意気な小学生も雨ですっかりへこたれてうちの中で絵なんか書いているんだ。お前たちが笛なんか吹かなくたって星はみ・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・その船が不幸にも航海中に風波の難に会って、半難船の姿になって、横み荷の半分以上を流失した。新七は残った米を売って金にして、大阪へ持って帰った。 さて新七が太郎兵衛に言うには、難船をしたことは港々で知っている。残った積み荷を売ったこの金は・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・それから、ロビンソン、クルーソーみたように難船に逢って一人ッきり、人跡の絶えた島に泳ぎ着くなんかも随分面白かろうと考えるんです。 これまでは、ズット北の山の中に、徳蔵おじと一処にいたんですが、そのまえは、先の殿様ね、今では東京にお住いの・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫