・・・僕が書肆博文館から版権侵害の談判を受けて青くなっている最中、ふらりと僕の家にたずねて来て難題を提出したのはこのお民である。 お民が始て僕等の行馴れたカッフェーに給仕女の目見得に来たのは、去年の秋もまだ残暑のすっかりとは去りやらぬ頃であっ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ 騎士は、たくさんの人と戦い、わたりあい、恐ろしい武器ともむかいあったが、この難題だけは大変困った。女が一番この世の中で欲しているものはなんだ、と考えながら、森の中を歩いて行った。大変美しい姿をした夫であろうか。大変金持の夫なのであろう・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・ まるで思いがけないような難題を考えたり、云いがかりを作ることは、彼女の得意とするところであり、従って何よりの武器であった。それ等の思いつきを、彼女は日頃信心する妙法様の御霊験と云っていたのである。 果樹園には、この土地で育ち得るす・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・そして難題をかけられた。その難題というのは「女が一番この世で欲しがっているものは何か」ということで、その答を日限までに持って来なければ果し合いをするという条件であった。ガラハートは当惑してあちらこちらと彷徨った。女が一番欲しいというのは何で・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ここへ来ると、皆だれでも黙ってしまって問題をそらしてしまうのが習慣であるが、この黙るところに、もっとものっぴきのならぬ難題が横たわっていると見てもよかろう。 私は創作をするということは、作家の本業だとは思わない。作家の本業というのは、日・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・実に静静とした美しさで、そして、いつの間にかすべてをずり落して去っていく、恐るべき魔のような難題中のこの難題を、梶とて今、この若い栖方の頭に詰めより打ち降ろすことは忍びなかった。いや、梶自身としてみても自分の頭を打ち割ることだ。いや、世界も・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫