・・・――きりょうも、いろも、雪おんな…… ずどんと鳴って、壁が揺れた。雪見を喜ぶ都会人でも、あの屋根を辷る、軒しずれの雪の音は、凄じいのを知って驚く……春の雨だが、ざんざ降りの、夜ふけの忍駒だったから、かぶさった雪の、そ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・人形使 これまでは雪見酒だで、五合一寸たちまちに消えるだよ。……これからがお花見酒だ。……お旦那、軒の八重桜は、三本揃って、……樹は若えがよく咲きました。満開だ。――一軒の門にこのくらい咲いた家は修善寺中に見当らねえだよ。――これを視め・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・雪を慰みに、雪見の酒をのんでいるのだ。それだのに、彼等はシベリアで何等恨もないロシア人と殺し合いをしなければならないのだ!「進まんか! 敵前でなにをしているのだ!」 中隊長が軍刀をひっさげてやって来た。 七・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・この溝渠には曾て月見橋とか雪見橋とか呼ばれた小さな橋が幾条もかけられていたのであるが、それ等旧時の光景は今はわずかに小林清親の風景板画に於てのみ之を見るものとなった。 池の端を描いた清親の板画は雪に埋れた枯葦の間から湖心遥に一点の花かと・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ 友達が手酌の一杯を口のはたに持って行きながら、雪の日や飲まぬお方のふところ手と言って、わたくしの顔を見たので、わたくしも、酒飲まぬ人は案山子の雪見哉と返して、その時銚子のかわりを持って来たおかみさんに舟・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・……………仲町を左へ曲って雪見橋へ出ると出あいがしらに、三十四、五の、丸髷に結うた、栗に目口鼻つけたような顔の、手頃の熊手を持った、不断著のままに下駄はいた、どこかの上さんが来た。くたびれた様も見えないで、下駄の歯をかつかつと鳴らしながら、・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・炬燵の中の雪見酒めいた文学の風情は、第二次大戦後の人類が、平和をもとめ、生活の安定をもとめてたたかっている苦痛と良心に対して、さすがにあつかましく押し出すにたえ得なかったのであった。 この実例は、ある人々の日ごろの社会的、文学的態度の安・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・雪でも降れば、雪見舞の人々が通りも仕様けれ共、雪降り前の、何となくじめじめした、雨勝ちの今頃は皆が皆こもって居るので、人通りと云うものはまるでないのである。 町からの魚屋も大方は来ない。辛い鮭と干物とが有る時は良い方である。私共は毎日野・・・ 宮本百合子 「農村」
芭蕉の句で忘られないのがいくつかある。あらたうと青葉若葉の日の光いざゆかん雪見にころぶところまで霧時雨不二を見ぬ日ぞおもしろき それから又別な心の境地として、初しぐれ猿も小蓑をほ・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・「いよう! えらい元気ですね」「――あすこへ行って来ましたよ」「え?」 尾世川は愕いて、雪がついている藍子の髪やコートを眺め廻した。「行らっしたんですか? 湯島へ?」「雪見がてら行ったんだけれど、やっぱり貴方でなくち・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫