・・・「さてその内に豪雨もやんで、青空が雲間に見え出しますと、恵印は鼻の大きいのも忘れたような顔色で、きょろきょろあたりを見廻しました。一体今見た竜の姿は眼のせいではなかったろうか――そう思うと、自分が高札を打った当人だけに、どうも竜の天上す・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ 北方の海の色は、青うございました。あるとき、岩の上に、女の人魚があがって、あたりの景色をながめながら休んでいました。 雲間からもれた月の光がさびしく、波の上を照らしていました。どちらを見ても限りない、ものすごい波が、うねうねと動い・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・ 北方の海の色は、青うございました。ある時、岩の上に、女の人魚があがって、あたりの景色を眺めながら休んでいました。 雲間から洩れた月の光がさびしく、波の上を照していました。どちらを見ても限りない、物凄い波がうねうねと動いているのであ・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・すみれは、おりおり寒い風に吹かれて、小さな体が凍えるようでありましたが、一日一日と、それでも雲の色が、だんだん明るくなって、その雲間からもれる日の光が野の上を暖かそうに照らすのを見ますと、うれしい気持ちがしました。 すみれは、毎朝、太陽・・・ 小川未明 「いろいろな花」
・・・空には、きらきらと星が、すごい雲間に輝いていました。 ここに憐れな年とった按摩がありました。毎晩のように、つえをついて、笛を鳴らしながら、町の中を歩いたのでした。按摩は、坂にかかって、地が凍っているものですから、足をすべらしました。その・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・するとこのとき、雲間から月が出て、おたがいに顔と顔とがはっきりとわかりました。たちまち妙な男は大きな声で、「やあ、おまえさんの顔色は真っ青じゃ。まあ、その傷口はどうしたのだ。」と、電信柱の顔を見てびっくりしました。 このとき、電信柱・・・ 小川未明 「電信柱と妙な男」
・・・九月七日――「昨日も今日も南風強く吹き雲を送りつ雲を払いつ、雨降りみ降らずみ、日光雲間をもるるとき林影一時に煌めく、――」 これが今の武蔵野の秋の初めである。林はまだ夏の緑のそのままでありながら空模様が夏とまったく変わってきて雨雲の・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 太陽が雲間からにこにこかがやきだした。枯木にかかっていた雪はいつのまにか落ちてしまった。雀の群が灌木の間をにぎやかに囀り、嬉々としてとびまわった。 鉄橋を渡って行く軍用列車の轟きまでが、のびのびとしてきたようだ。 積っていた雪・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・天の一方には弦月が雲間から寒い光を投げて直下の海面に一抹の真珠光を漾わしていた。 青森から乗った寝台車の明け方近い夢に、地下室のような処でひどい地震を感じた。急いで階段を駈け上がろうとすると、そこには子供を連れた婦人が立ちふさがっていて・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・蕪村の句のうちには時鳥柩をつかむ雲間より時鳥平安城をすぢかひに鞘ばしる友切丸や時鳥など極端にものしたるものあり。 桜の句は蕪村よりも芭蕉に多し。しかも桜のうつくしき趣を詠み出でたるは四方より花吹き入れて鳰・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫