・・・ 自動車がくねくね電光型に曲折しながら山をのぼるにつれて、野山が闇の空を明るくするほど真白に雪に覆われているのがわかって来た。「寒いのね。こんなに寒いと思わなかったわ。東京では、もうセル着て歩いているひとだってあるのよ。」運転手にま・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・そうして、あの女に拾われてしまったのだと、なぜだか電光の如くきらりと思い込んでしまいました。きっとあの人には盗癖があって、拾っても知らぬ振りをしているのだ。あんな淋しそうな女には、意外にも盗癖があるものだ。けれども私は、ゆるしてやろう。など・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・思い出が皆片々で、電光のように早いかと思うと牛の喘歩のように遅い。間断なしに胸が騒ぐ。 重い、けだるい脚が一種の圧迫を受けて疼痛を感じてきたのは、かれみずからにもよくわかった。腓のところどころがずきずきと痛む。普通の疼痛ではなく、ちょう・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・けれど無言の自然を見るよりも活きた人間を眺めるのは困難なもので、あまりしげしげ見て、悟られてはという気があるので、わきを見ているような顔をして、そして電光のように早く鋭くながし眼を遣う。誰だか言った、電車で女を見るのは正面ではあまりまばゆく・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・これに対する教授の電光のようなリマークは「ヤ、貴様食ったな」というのであった、と伝えられている。事実は保証しない。 鯉やすっぽんのほかに、ブルフログを養殖しようという話もあったと記憶しているが、結局おやめになったと見える。もしほんとうに・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・それで今甲の影像の次に乙の影像を示された観客はその瞬間においてその観客の通い慣れた甲乙間の通路の心像を電光に照らされるごとく認識するのであろう。 それで映画や連句のモンタージュが普遍的な効果を収めうるためには、作者が示そうとする「通路」・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 最初の出合いで電光のごときベーアの一撃にカルネラの巨躯がよろめいた。しかし第三回あたりからは、自分の予想に反して、ベーアはだいたいにおいて常に守勢を維持してばかりいるように見えた。カルネラはこれに対して不断に攻勢を取って、単調な攻撃を・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・そうして更に無数の囁が騒然として空間に満ちる。電光が針金の如き白熱の一曲線を空際に閃かすと共に雷鳴は一大破壊の音響を齎して凡ての生物を震撼する。穹窿の如き蒼天は一大玻璃器である。熾烈な日光が之を熱して更に熱する時、冷却せる雨水の注射に因って・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・彼は彼の文章の示すごとく電光的の人であった。彼の癇癖は彼の身辺を囲繞して無遠慮に起る音響を無心に聞き流して著作に耽るの余裕を与えなかったと見える。洋琴の声、犬の声、鶏の声、鸚鵡の声、いっさいの声はことごとく彼の鋭敏なる神経を刺激して懊悩やむ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・そこでこの煮つめたところ、煎じつめたところが沙翁の詩的なところで、読者に電光の機鋒をちらっと見せるところかと思います。これは時間の上の話であります。長い時間の状態を一時に示す詩的な作用であります。 ところで沙翁には今一つの特色があります・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫