・・・ その頃はもう事変が戦争になりかけていたので、電力節約のためであろうネオンの灯もなく眩しい光も表通りから消えてしまっていたが、華かさはなお残っており、自然その夜も――詳しくいえば昭和十五年七月九日の夜(といまなお記憶しているのは、その日・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ ついこのあいだもある学者がアメリカの学会へ行って「黄海の水を日本海へ注入して電力を起こす」という設計を提出して世界の学者を驚かせたという記事が出た。数日後に電車でひょっくりその学者に会って「君はアメリカに行っているはずじゃないですか」・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・ しかし、昇降機のほうから言えば何階で止まるも止まらぬのもたいした動力のちがいはないであろうし、それが違ったところで百貨店の損益にも電力会社の経営にも格別重大な影響を及ぼす気づかいはないであろう。また運転嬢の労力にしたところで二階で出る・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・しかも安政年間には電信も鉄道も電力網も水道もなかったから幸いであったが、次に起こる「安政地震」には事情が全然ちがうということを忘れてはならない。 国家の安全を脅かす敵国に対する国防策は現に政府当局の間で熱心に研究されているであろうが、ほ・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・電燈の場合などでも肝心の光になるエネルギーは消費される電力の割合にわずかな小部分で、あとはみんな不必要な熱となって宇宙に放散する。この、物質界に行われる原理を、鉛を食う虫の場合の生理的現象に応用する訳には行かないし、いわんや人間の精神現象に・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・ 五ヵ年計画は農村に三十万台のトラクターを、工場へ二百二十億キロワット時の電力を増大するとともに、文盲撲滅費二億四千六百三十万留を算出している。そして、千八百万人の文盲を清算しつつある。既に一九二八年には百三十六万五千余人が、完全に文盲・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・新設される四十二の発電所は二百二十億キロワット時の電力を生産各部門に供給するだろう。大きな西日が鋤をひっぱる馬の背とケシの花とを越えて静かに彼方の地平線に沈もうとする曠野に、耕作機械トラクターが響き出す。うねくる個人耕作の細い畦が消えて、そ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ しかし今日のわたしたちの生活にはまず電力節減、燃料不足などという、極めて原始的な困難から始って、温い冬の靴下がないという困難にまで及んでいます。どんな人でもくさくさすればそこから自分の心持を紛らすことを望みます。どんな若い人が自分の青・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・ときいて居た記憶、 女が育てる女のつまらなさ 電力が欠乏した活々しないものをつくる力が女同士ではある。 どんなにその女を女が愛しても やはり同性の相殺、心理的にあり、男ばかりの中で育った男と同じ欠点女ばかりの・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・そして今の電力割当で、どれほどの本が読めるでしょう。人民の所得は戦前の百倍と査定している政府が、百二十六倍の税額を払わせる時、私たちの文化費はどこに残るでしょう。文化と文学の発展は、社会の生産や権力の性質とこんなにも切りはなせないものだとい・・・ 宮本百合子 「一九四七・八年の文壇」
出典:青空文庫