・・・「電流を。電流を。」押えたような検事の声である。 ぴちぴちいうような微かな音がする。体が突然がたりと動く。革紐が一本切れる。何だかしゅうというような音がする。フレンチは気の遠くなるのを覚えた。髪の毛の焦げるような臭と、今一つ何だか分・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 氷のような悪寒が、電流のように速かに、兵卒達の全身を走った。彼等は、ヒヤッとした。栗島は、いつまでも太股がブル/\慄えるのを止めることが出来なかった。軍刀は打ちおろされたのであった。 必死の、鋭い、号泣と叫喚が同時に、老人の全身か・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・それにかかわらずグラハムの器械からは電流が遠慮なく流出した。その後にこの器械から電流の生ずるというほうの証明がだんだん現われて来たという話を何かで読んだ事がある。しかしその大家の論文をよく読んでみなければうっかりその人の非難はできない。・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・ 田中館先生が電流による水道鉄管の腐蝕に関する研究をされた時、やはりこの池の水中でいろいろの実験をやられたように聞いている。その時に使われた鉄管の標本が、まだ保存されているはずである。 月島丸が沈没して、その捜索が問題となった時に、・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・また衣服その他で頭をおおい、また腹部を保護するという事は、つまり電気の半導体で馬の身体の一部を被覆して、放電による電流が直接にその局部の肉体に流れるのを防ぐという意味に解釈されて来るのである。 またこういう放電現象が夏期に多い事、および・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・この場合には土器を漏れる水の代りにフィルムを巻いた回転円筒が使われ、棒に刻んだ線を人間が眼で見て烽火を挙げる代りに真空光電管の眼で見た相図を電流で送るのである。 自働電話の送信器の数字盤が廻るときのカチカチ鳴る音と自働連続機のピカピカと・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・例えばダイナモの発明に際してある大家がその不可能を論じたにかかわらず電流が遠慮なく流れ出したのは有名な話である。また若い学士が申出したある可能現象の実験的検査をその先生の大家が一言の下に叱り飛ばしたのが、それから数年の後に国外の学者によって・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・しかし、この機構の背後には色々の人間がさまざまの用談をし取引を進行させており、あらゆる思惟と感情の流れが電流の複雑な交錯となってこの交換台に集散しているのである。 現象を記載するだけが科学の仕事だというスローガンがしばしば勘違いに解釈さ・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ もし万一の自然の災害か、あるいは人間の故障、例えば同盟罷業やなにかのために、電流の供給が中絶するような場合が起ったらどうだろうという気もした。そういう事は非常に稀な事とも思われなかった。一晩くらいなら蝋燭で間に合せるにしても、もし数日・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・これはいったいコイルの巻き数や銅線の大きさなどが全くいいかげんにできていて、むやみに強い電流が流れるからと思われる。それだからちょっとやってみる試験には通過しても、長い使用には堪えないように初めからできている。それを二年も三年も使おうという・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
出典:青空文庫