・・・君はそういう訳で歩いているなら、これこれの処にこういう寺がある、由緒は良くても今は貧乏寺だが、その寺の境内に小さな滝があって、その滝の水は無類の霊泉である。養老の霊泉は知らぬが、随分響き渡ったもので、二十里三十里をわざわざその滝へかかりに行・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・そうして七十歳にでもなったらアルプスの奥の武陵の山奥に何々会館、サロン何とかいったような陽気な仙境に桃源の春を探って不老の霊泉をくむことにしよう。 八歳の時に始まった自分の「銀座の幻影」のフィルムははたしていつまで続くかこればかりはだれ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・血の汚れを去り、焔の熱を奪い、ルビーを霊泉の水に溶かしでもしたら彼の円山の緋鶏頭の色に似た色になるであろうか。 定山渓も登別もどこも見ず、アイヌにも熊にも逢わないで帰って来た。函館から札幌までは赤あかえいの尻尾の部分に過ぎないが、これだ・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・霊山の雲霧のごとく立昇る湯気の中に、玲瓏玉を溶かせるごとき霊泉の中に紅白の蓮華が一時に咲き満ちたような感じがしたのであった。これは官能的よりむしろエセリアルであった。 翌朝は宿で元日の雑煮をこしらえるのに手まがとれた。汽車の時間が迫った・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
出典:青空文庫