・・・釈迦の説いた教によれば、我々人間の霊魂は、その罪の軽重深浅に従い、あるいは小鳥となり、あるいは牛となり、あるいはまた樹木となるそうである。のみならず釈迦は生まれる時、彼の母を殺したと云う。釈迦の教の荒誕なのは勿論、釈迦の大悪もまた明白である・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・女は霊魂の助かりを求めに来たのではない。肉体の助かりを求めに来たのである。しかしそれは咎めずとも好い。肉体は霊魂の家である。家の修覆さえ全ければ、主人の病もまた退き易い。現にカテキスタのフヮビアンなどはそのために十字架を拝するようになった。・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・現にその話をした時にも悪意のある微笑を浮かべながら、「やはり霊魂というものも物質的存在とみえますね」などと註釈めいたことをつけ加えていました。僕も幽霊を信じないことはチャックとあまり変わりません。けれども詩人のトックには親しみを感じていまし・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・私もとる年でございますし、霊魂を天主に御捧げ申すのも、長い事ではございますまい。しかし、それまでには孫のお栄も、不慮の災難でもございませなんだら、大方年頃になるでございましょう。何卒私が目をつぶりますまででよろしゅうございますから、死の天使・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・お前が己を忘れた時、お前の霊魂は飢えていた。飢えた霊魂は常に己を求める。お前は己を避けようとしてかえって己を招いたのだ。B ああ。男 己はすべてを亡ぼすものではない。すべてを生むものだ。お前はすべての母なる己を忘れていた。己を忘れる・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・お前たちの清い心に残酷な死の姿を見せて、お前たちの一生をいやが上に暗くする事を恐れ、お前たちの伸び伸びて行かなければならぬ霊魂に少しでも大きな傷を残す事を恐れたのだ。幼児に死を知らせる事は無益であるばかりでなく有害だ。葬式の時は女中をお前た・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・自分の霊魂は、なにかに化けてきても、きっと子供の行く末を見守ろうと思いました。牛女の大きなやさしい目の中から、大粒の涙が、ぽとりぽとりと流れたのであります。 しかし、運命には牛女も、しかたがなかったとみえます。病気が重くなって、とうとう・・・ 小川未明 「牛女」
・・・ 詩はついに、社会革命の興る以前に先駆となって、民衆の霊魂を表白している。例えばこれが労働者の唄う歌にしろ、或は革命の歌にしろ、文字となってまず先きに現われるということは事実である。そして、芸術の形をつくるのである。それは最も感激的に、・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・けれど、霊魂は女の念じたように、あの世へゆく旅に上りました。 女は、長い道を歩きました。うららかに日が当たって、野も、山も、かすんで見えました。夢の国の景色をながめたのであります。女は、やさしい仏さまに道案内をされて、広い野原の中をたど・・・ 小川未明 「ちょうと三つの石」
・・・ 邪念なく労働に服する人、無心に地の上で遊んでいる子供、そして、其処に生きているには変りのない、人間も、小羊も、また鶏に至るまで、同じ霊魂を持つことによって、軽かな大空の下に呼吸することに於て変りのない、其等がみんな仲の好い友達であり、・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
出典:青空文庫