・・・ 髪は勿論銀杏返し、なりは薄青い縞のセルに、何か更紗の帯だったかと思う、とにかく花柳小説の挿絵のような、楚々たる女が立っているんだ。するとその女が、――どうしたと思う? 僕の顔をちらりと見るなり、正に嫣然と一笑したんだ。おやと思ったが間に合・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・小屋の前の亜麻をこいだ所だけは、こぼれ種から生えた細い茎が青い色を見せていた。跡は小屋も畑も霜のために白茶けた鈍い狐色だった。仁右衛門の淋しい小屋からはそれでもやがて白い炊煙がかすかに漏れはじめた。屋根からともなく囲いからともなく湯気のよう・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
ずっと早く、まだ外が薄明るくもならないうちに、内じゅうが起きて明りを附けた。窓の外は、まだ青い夜の霧が立ち籠めている。その霧に、そろそろ近くなって来る朝の灰色の光が雑って来る。寒い。体じゅうが微かに顫える。目がいらいらする。無理に早く・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・その青い壁が何処まで続いているのか解らない。万里の長城を二重にして、青く塗った様なもんだね』『何処で芝居を演るんだ?』『芝居はまだだよ。その壁がつまり花道なんだ』『もう沢山だ。止せよ』『その花道を、俳優が先ず看客を引率して行・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・早や七年も前になる……梅雨晴の青い空を、流るる雲に乗るように、松並木の梢を縫って、すうすうと尾長鳥が飛んでいる。 長閑に、静な景色であった。 と炎天に夢を見る様に、恍惚と松の梢に藤の紫を思ったのが、にわかに驚く! その次なる烏賊の芸・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 湖も山もしっとりとしずかに日が暮れて、うす青い夕炊きの煙が横雲のようにただようている。舟津の磯の黒い大石の下へ予の舟は帰りついた。老爺も紅葉の枝を持って予とともにあがってくる。意中の美人はねんごろに予を戸口にむかえて予の手のものを受け・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・ひかって青い光が破裂すると、ぱらぱらッと一段烈しう速射砲弾が降って来たんで、僕は地上にうつ伏しになって之を避けた。敵塁の速射砲を発するぽとぽと、ぽとぽとと云う響きが聴えたのは、如何にも怖いものや。再び立ちあがった時、僕はやられた。十四箇所の・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・あまり遅くならないうちに帰らなければならぬと思って、窓ぎわを離れてから振り向くと、高い、青い時計台には流るるような月光がさしています。そして町を離れて、野原の細道をたどる時分にはまた、彼のよい音色が、いろいろの物音の間をくぐり抜けてくるよう・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・私の傍の青い顔の男もいつの間にかいなくなった。ガランとした広い会所の窓ガラスには、赤い夕日がキラキラ輝いたが、その光の届かぬ所はもう薄暗い。 私はまた当もなくそこを出た。するうちに、ボツボツ店明が点きだす。腹もだんだん空いてくる。例のご・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 乗って来た汽車をやり過してから、線路を越え、誰もいない改札口を出た。青いシェードを掛けた電球がひとつ、改札口の棚を暗く照らしていた。薄よごれたなにかのポスターの絵がふと眼にはいり、にわかに夜の更けた感じだった。 駅をでると、いきな・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫