・・・は、日本橋のあるデパート内の美容室に向って開始せられる事になる。 おしゃれな田島は、一昨年の冬、ふらりとこの美容室に立ち寄って、パーマネントをしてもらった事がある。そこの「先生」は、青木さんといって三十歳前後の、いわゆる戦争未亡人である・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・「あなたは、青木大蔵さん。そうですね。」「ええ、そうです。」青木大蔵というのは、私の、本来の戸籍名である。「似ています。」「なんですか。」私は、少し、まごついた。 郵便屋は、にこにこ笑っている。雨に濡れながら二人、路上で・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ このキャディのような環境におかれた少年は例えば昔の本郷青木堂の小店員のごとく大概妙に悪ずれがしてくるものであるが、ここの子供達はそんな風が目に立たない。このリンクの御客が概して地味で真面目で威張らない人の多いせいかもしれない。 い・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・ところが、その三原山行きの糧食としてN先生が青木堂で買って持って行ったバン・フーテンのココア、それからプチ・ポアの罐詰やコーンド・ビーフのことを思い出したので、やっとそれが明治四十二年すなわち自分の外国留学よりは以前のことであって帰朝後では・・・ 寺田寅彦 「詩と官能」
・・・ ふみ江の良人の家は在方であったが、学校へ通っている良人の青木は、町に下宿していたけれど、ふみ江は青木の親たちの方にいることになっていた。「子供はどうなんだ。脚が悪いそうじゃないか」「え、それで……」 すると姉がすぐ引き取っ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・溝際には塀とも目かくしともつかぬ板と葭簀とが立ててあって、青木や柾木のような植木の鉢が数知れず置並べてある。 ここまでは、一人も人に逢わなかったが、板塀の彼方に奉納の幟が立っているのを見て、其方へ行きかけると、路地は忽ち四方に分れていて・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・ その後、宝暦明和の頃、青木昆陽、命を奉じてその学を首唱し、また前野蘭化、桂川甫周、杉田いさい等起り、専精してもって和蘭の学に志し、相ともに切磋し、おのおの得るところありといえども、洋学草昧の世なれば、書籍はなはだ乏しく、かつ、これを学・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・「私は于大寺を沙の中から掘り出した青木晃というものです。」「何しに来たんだい。」少しの顔色もうごかさずじっと私の瞳を見ながらその子はまたこう云いました。「あなたたちと一緒にお日さまをおがみたいと思ってです。」「そうですか。も・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・小崎氏が来たので、芹野さんとAと四人で Whittier に行き和田に会い、三人で、メゾンに行き、小崎と和田をのこす、青木のことを小崎からききたいだろうと思って。かえると、Aが不機嫌になって先に戻ってしまった、その心持。 二十四日 F・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・庭にあんまり霜柱が立って八つ手や青木がしもげているのにおどろいた。うちの水道はこの頃殆ど毎日凍っている由。 うちが急に寒い。「わが家だからスウィートなんだろうけれど、こう寒くちゃアイスクリームだね」と笑う。笑いながら、心はなかなか激しく・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
出典:青空文庫