・・・縁側に出て見ると小庭を囲う低い土塀を越して一面の青田が見える。雨は煙のようで、遠くもない八幡の森や衣笠山もぼんやりにじんだ墨絵の中に、薄く萌黄をぼかした稲田には、草取る人の簑笠が黄色い点を打っている。ゆるい調子の、眠そうな草取り歌が聞こえる・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・ 左右は青田である。路は細い。鷺の影が時々闇に差す。「田圃へかかったね」と背中で云った。「どうして解る」と顔を後ろへ振り向けるようにして聞いたら、「だって鷺が鳴くじゃないか」と答えた。 すると鷺がはたして二声ほど鳴いた。・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・前は、秋になると、大倉庫五棟に入り切れないほどの、小作米になる青田に向っていた。 邸後の森からは、小川が一度邸内の泉水を潜って、前の田へと灑がれていた。 消防組の赤い半纒を着た人たちや、青年会の連中が邸内のあちこちに眠そうな手で蚊を・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・その人々は、この一望果てない青田を見て、そこに白く光った白米の粒々を想像し、価のつり上りを想像し、満足を感じていたかもしれない。けれども、私は、行けども行けどもつきない稲田の間を駛りつつ、いうにいえない心もちがした。これほどの稲、これほどの・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・八月。青田は果なし。九月。風知草。十月。琴平。現代の主題。風知草。十一月。郵便切手。図書館。風知草。単行本。『伸子』〔第一部〕。私たちの建設。一九四七年一月から〔八〕月まで中央公論につづけて「二つの庭・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫