・・・私はそれを、露草の花が青空や海と共通の色を持っているところから起る一種の錯覚だと快く信じているのであるが、見えない水音の醸し出す魅惑はそれにどこか似通っていた。 すばしこく枝移りする小鳥のような不定さは私をいらだたせた。蜃気楼のようなは・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・―― 空が秋らしく青空に澄む日には、海はその青よりやや温い深青に映った。白い雲がある時は海も白く光って見えた。今日は先ほどの入道雲が水平線の上へ拡がってザボンの内皮の色がして、海も入江の真近までその色に映っていた。今日も入江はいつものよ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・されどたれあってこの老人を気に留める者もなく、老人もまた人が通ろうと犬が過ぎ行こうと一切おかまいなし、悠々行路の人、縁なくんば眼前千里、ただ静かな穏やかな青空がいつもいつも平等におおうているばかりである。 右の手を左の袂に入れてゴソゴソ・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・恋の灼熱が通って、徳の調和に――さらに湖のような英知と、青空のような静謐とに向かって行くことは最も望ましい恋の上昇である。幾ら上って行ってもそのひろがりは詩と理想と光との世界である。平板な、散文の世界ではない。それがいのちというものの純粋持・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・入浴時間 十五分 規定の時間を守らざるものは入浴の順番取りかえることあるべし 警察の留置場にいたときよく、言問橋の袂に住んでいる「青空一家」や三河島のバタヤが引張られてきた。そんな連中は入ってくると、臭いジト/\したシ・・・ 小林多喜二 「独房」
右手に十勝岳が安すッぽいペンキ画の富士山のように、青空にクッキリ見えた。そこは高地だったので、反対の左手一帯はちょうど大きな風呂敷を皺にして広げたように、その起伏がズウと遠くまで見られた。その一つの皺の底を線が縫って、こっ・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・高瀬はその熱を帯びた、陰影の多い雲の形から、青空を流れる遠い水蒸気の群まで、見分けがつくように成った。 休みの時間毎に、高瀬は窓へ行った。極く幼少い時の記憶が彼の胸に浮んで来た。彼は自分もまた髪を長くし、手造りにした藁の草履を穿いていた・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・大隅君は青空を見上げて、「しかし、東京は、のんきだな。」「そうかね。」「のんきだ。北京は、こんなもんじゃないぜ。」私は東京の人全部を代表して叱られている形だった。けれども、旅行者にとってはのんきそうに見えながらも、帝都の人たちは・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ちらと青空も見えて来ました。ぎりぎりに行きづまって、くるしまなければ、いつまで経っても青空を見る事が出来ないのだ、いまは、かえって、きのう迄の行きづまりに感謝だ、などと甘い感慨にふけっている形なのです。私は無学で、本当に何一つ知らないのです・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・上には青空か白雲、時には飛行機が通る。駿河の富士や房総の山も見える日があろう。ついでに屋上さらに三四百尺の鉄塔を建てて頂上に展望台を作るといいと思う。その側面を広告塔にすれば気球広告よりも有効で、その料金で建設費はまもなく消却されるであろう・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫