・・・ やがて、膳に、その塩焼と、別に誂えた玉子焼、青菜のひたし。椀がついて、蓋を取ると鯉汁である。ああ、昨日のだ。これはしかし、活きたのを料られると困ると思って、わざと註文はしなかったものである。 口を溢れそうに、なみなみと二合のお銚子・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・洪水には荒れても、稲葉の色、青菜の影ばかりはあろうと思うのに、あの勝山とは、まるで方角が違うものを、右も左も、泥の乾いた煙草畑で、喘ぐ息さえ舌に辛い。 祖母が縫ってくれた鞄代用の更紗の袋を、斜っかいに掛けたばかり、身は軽いが、そのかわり・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・ 曳いて来たは空車で、青菜も、藁も乗って居はしなかったが、何故か、雪の下の朝市に行くのであろうと見て取ったので、なるほど、星の消えたのも、空が淀んで居るのも、夜明に間のない所為であろう。墓原へ出たのは十二時過、それから、ああして、ああし・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・ 土佐の貧乏士族としての我家に伝わって来た雑煮の処方は、椀の底に芋一、二片と青菜一とつまみを入れた上に切餅一、二片を載せて鰹節のだし汁をかけ、そうして餅の上に花松魚を添えたものである。ところが同じ郷里の親類でも家によると切餅の代りに丸め・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・水を打たれた青菜の列が畑のように連なって、青い微風の源のように絶えずそよそよと冷たい匂いを群集の中へ流し込んだ。 彼は漸く浮き上った心を静に愛しながら、筵の上に積っている銅貨の山を親しげに覗くのだ。そのべたべたと押し重なった鈍重な銅色の・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫