・・・まだ前髪の残っている、女のような非力の求馬は、左近をも一行に加えたい気色を隠す事が出来なかったのであった。左近は喜びの余り眼に涙を浮べて、喜三郎にさえ何度となく礼の言葉を繰返していた。 一行四人は兵衛の妹壻が浅野家の家中にある事を知って・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・少時学語苦難円 唯道工夫半未全到老始知非力取 三分人事七分天 趙甌北の「論詩」の七絶はこの間の消息を伝えたものであろう。芸術は妙に底の知れない凄みを帯びているものである。我我も金を欲しがらなければ、又名聞を好まなければ、・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・自分が人一倍、非力の懦弱者であるせいかも知れない。私は小坂氏一族に対して、ひそかに尊敬をあらたにしたのである。油断はならぬ。調子に乗って馬鹿な事を言って、無礼者! などと呶鳴られてもつまらない。なにせ相手は槍の名人の子孫である。私は、めっき・・・ 太宰治 「佳日」
・・・小心非力の私は、ただ唯、編輯者の腕力を恐れているのである。約束を破ったからには、私は、ぶん殴られても仕方が無いのだと思えば、生きた心地もせず、もはや芸術家としての誇りも何もふっ飛んで、目をつぶって、その醜態の作品を投函してしまうのである。よ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・かった、しかも決してそれを誇示しない、君は剣道二段だそうで、酒を飲むたびに僕に腕角力をいどむ癖があるけれども、あれは実にみっともない、あんな偉人なんて、あるものじゃない、名人達人というものは、たいてい非力の相をしているものだ、そうしてどこや・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・自分の非力を補足するために、かの二刀流を案出したとかいう話さえ聞いている。武蔵の「独行道」を読んだか。剣の名人は、そのまま人生の達人だ。 一、世々の道に背くことなし。 二、万ず依怙の心なし。 三、身に楽をたくまず。 四、一生・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・「文学の非力」という悲しい諦めの心、或は、当時青野季吉によって鼓舞的に云われていた一つの理論「こんにちプロレタリア作家は、プロレタリア文学の根づよさに安んじて闊達自在の活動をする自信をもつべきである」という考えかたなどについて、作者は、ひと・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・人類につくすことを主要な点として押し出されたこと、而して、そのおし出しが、現実生活の中に在って既に一つの人間性の非力化へ導く広き門であることを一部の作家が論じたが、その補強的な論の建て直しは当時の気分によって望ましいようには受けいれられなか・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ これらのことが心にひっかかって来るというのも先頃高見順氏が獅子と鼠との喩えばなしで非力なるものとしての文学の力ということを書いて、一般に反響をもった、そのことと自然連関しているのだと思う。 今日私たちは何故、文学を別の何かと比・・・ 宮本百合子 「作品の主人公と心理の翳」
・・・ この間高見順氏が文学は非力なものではあるがと、獅子と鼠とのたとえ話で非力なもののおのずからな力を語っていられた。 しかし、今日私たちが文学を語る時、どうして、一応は文学とはちがうものの強力との比較の上で非力なるものとしての文学とし・・・ 宮本百合子 「実感への求め」
出典:青空文庫