・・・どこに居た処で何の楽もねえ老夫でせえ、つまらねえこったと思って、気が滅入るに、お前様は、えらい女だ。面壁イ九年とやら、悟ったものだと我あ折っていたんだがさ、薬袋もないことが湧いて来て、お前様ついぞ見たこともねえ泣かっしゃるね。御心中のウ察し・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・「達磨は面壁九年やけど、私は三年の辛抱で済むのや。」 三年経てば、妹の道子は東京の女子専門学校を卒業する、乾いた雑布を絞るような学資の仕送りの苦しさも、三年の辛抱で済むのだと、喜美子は自分に言いきかせるのであった。 両親をはやく・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・ひるあんどん。面壁九年。さらに想を練り、案を構え。雌伏。賢者のまさに動かんとするや、必ず愚色あり。熟慮。潔癖。凝り性。おれの苦しさ、わからんかね。仙脱。無慾。世が世なら、なあ。沈黙は金。塵事うるさく。隅の親石。機未だ熟さず。出る杭うたれる。・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・人学ばざれば智なし。面壁九年能く道徳の蘊奥を究むべしといえども、たとえ面壁九万年に及ぶも蒸気の発明はとても期すべからざるなり。 世に教育なるものの必要なるは、すなわちこのゆえにして、人学ばざれば智なきがゆえに、学校を建ててこれを教え、こ・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
・・・正面壁に沿い左向き足踏み。(銅鑼左手より、特務曹長並に兵士六、七、八、九、十 五人登場、一列、壁に沿いて行進、右隊足踏みつつ挙手の礼 左隊答礼。特務曹長「もう二時なのにどうしたのだろう、バナナン大将はまだ・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
出典:青空文庫