・・・、火屋の亀裂に紙を貼った、笠の煤けた洋燈の下に、膳を引いた跡を、直ぐ長火鉢の向うの細工場に立ちもせず、袖に継のあたった、黒のごろの半襟の破れた、千草色の半纏の片手を懐に、膝を立てて、それへ頬杖ついて、面長な思案顔を重そうに支えて黙然。 ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ちょうど緋縮緬のと並んでいた、そのつれかとも思われる、大島の羽織を着た、丸髷の、脊の高い、面長な、目鼻立のきっぱりした顔を見ると、宗吉は、あっと思った。 再び、おや、と思った。 と言うのは、このごろ忙しさに、不沙汰はしているが、知己・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・温泉で、見知越で、乗合わした男と――いや、その男も実は、はじめて見たなどと話していると、向う側に、革の手鞄と、書もつらしい、袱紗包を上に置いて、腰を掛けていた、土耳古形の毛帽子を被った、棗色の面長で、髯の白い、黒の紋織の被布で、人がらのいい・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 生際の曇った影が、瞼へ映して、面長なが、さして瘠せても見えぬ。鼻筋のすっと通ったを、横に掠めて後毛をさらりと掛けつつ、ものうげに払いもせず……切の長い、睫の濃いのを伏目になって、上気して乾くらしい唇に、吹矢の筒を、ちょいと含んで、片手・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・玄関へ立つと、面長で、柔和かなちっとも気取っけのない四十ぐらいな――後で聞くと主人だそうで――質素な男が出迎えて、揉手をしながら、御逗留か、それともちょっと御入浴で、と訊いた時、客が、一晩お世話に、と言うのを、腰を屈めつつ畏って、どうぞこれ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・目をぱちぱちして、瞶めておりました壁の表へ、絵に描いたように、茫然、可恐しく脊の高い、お神さんの姿が顕れまして、私が夢かと思って、熟と瞶めております中、跫音もせず壁から抜け出して、枕頭へ立ちましたが、面長で険のある、鼻の高い、凄いほど好い年・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・お松は艶のよくない曇ったような白い顔で、少し面長な、やさしい女であった。いつもかすかに笑う其目つきが忘れられなくなつかしかった。お松もとると十六になるのだと姉が云って聞かせた。お松は其時只かすかに笑って自分のどこかを見てるようで口は聞かなか・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・何時此処へ来て、何処から現われたのか少も気がつかなかったので、恰も地の底から湧出たかのように思われ、自分は驚いて能く見ると年輩は三十ばかり、面長の鼻の高い男、背はすらりとしたやさがた、衣装といい品といい、一見して別荘に来て居る人か、それとも・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ 年のころは四十ばかり、胡麻白頭の色の黒い頬のこけた面長な男である。 汗じみて色の変わった縮布の洋服を着て脚絆の紺もあせ草鞋もぼろぼろしている。都からの落人でなければこんな風をしてはいない。すなわち上田豊吉である。 二十年ぶりの・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・そこに、色の白い面長の若い娘がいる。このあたりの鮮人には珍らしい垢ぬけのした女だ。それを知らないか、松本はそうきいた。 と、彼は、それと同じことを、鮮人部落の地理や、家の格好や、その内部の構造や、美しい娘のことなどを、執拗に憲兵隊で曹長・・・ 黒島伝治 「穴」
出典:青空文庫