・・・ゴム長は、便利なものである。靴下が要らない。足袋のままで、はいても、また素足にはいても、人に見破られる心配がない。私は、たいてい、素足のままではいていた。ゴム靴の中は、あたたかい。家を出る時でも、編上靴のように、永いこと玄関にしゃがんで愚図・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・すました顔をして応接室を出て、それから湯殿に行き靴下を脱いで足を洗った。不思議な行為である。けれども次女は、此の行為に依ってみずからを浄くしているつもりなのである。変態のバプテスマである。これでもう、身も心も清浄になったと、次女は充分に満足・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・山路で、大原女のように頭の上へ枯れ枝と蝙蝠傘を一度に束ねたのを載っけて、靴下をあみながら歩いて来る女に会いました。角の長い牛に材木車を引かせて来るのもあれば、驢馬に炭俵を積んで来るのもありました。みかんの木もあれば竹もあります。目と髪の黒い・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ それにしても神保町の夜の露店の照明の下に背を並べている円本などを見る感じはまずバナナや靴下のはたき売りと実質的にもそうたいした変わりはない。むしろバナナのほうは景気がいいが、書物のほうはさびしい。「二人行脚」の著者故日下部四郎太博・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・メリヤスや靴下を並べた台の前には人間の垣根が出来てその垣根から大小色々な無数の手が出てうごめきながら商品をつまぐり引っぱり揉みくたにしている。どの手の持主がどの人だかとても分からない。大量塵芥製造工場のようなものである。また万引奨励機関でも・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・彼がエリザ式の半ズボンに絹の靴下を膝頭で結んだ右足を左りの上へ乗せて鵞ペンの先を紙の上へ突いたまま首を少し傾けて考えているところを想像して見た。しかしその部屋は見る事が出来なかった。 南側から入って螺旋状の階段を上るとここに有名な武器陳・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ かがんで炉に靴下を乾かしていたせいの低い犬の毛皮を着た農夫が、腰をのばして立ちあがりました。「何か用かい。」「私は、今事務所から、こちらで働らけと云われてやって参りました。」 農夫長はうなずきました。「そうか。丁度いい・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・ゴム靴によごれた青の靴下か。〔一寸待って、今渡るようにしますから。〕この石は動かせるかな。流紋岩だかなりの比重だ。動くだろう。水の中だし、アルキメデス、水の中だし、動く動く。うまくいった。波、これも大丈夫だ。大丈夫。引率の教師が飛石をつ・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・ 二人は壺のクリームを、顔に塗って手に塗ってそれから靴下をぬいで足に塗りました。それでもまだ残っていましたから、それは二人ともめいめいこっそり顔へ塗るふりをしながら喰べました。 それから大急ぎで扉をあけますと、その裏側には、・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・絹の靴下は一足が八百円もして、それは二ヵ月しかもたないのだから。気儘に振舞う金が正しい労働から得られない実際、そしてまためいめいの家庭はインフレーションによって、せまいながらも楽しいわが家と歌われたそのつつましい安心のよりどころを失って、食・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
出典:青空文庫