・・・実際そこに惹起された運動といい、音響といい、ある悪魔的な痛快さを持っていた。破壊ということに対して人間の抱いている奇怪な興味。小さいながらその光景は、そうした興味をそそり立てるだけの力を持っていた。もっと激しく、ありったけの瓶が一度に地面に・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・落人のそれならで、そよと鳴る風鈴も、人は昼寝の夢にさえ、我名を呼んで、讃美し、歎賞する、微妙なる音響、と聞えて、その都度、ハッと隠れ忍んで、微笑み微笑み通ると思え。 深張の涼傘の影ながら、なお面影は透き、色香は仄めく……心地すれば、誰憚・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・平生聞ゆるところの都会的音響はほとんど耳に入らないで、うかとしていれば聞き取ることのできない、物の底深くに、力強い騒ぎを聞くような、人を不安に引き入れねばやまないような、深酷な騒ぎがそこら一帯の空気を振蕩して起った。 天神川も溢れ、竪川・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・また敵の砲塁までまだどれほどあるかて、音響測量をやって見たら、たッた二百五十メートルほかなかった。大小の敵弾は矢ッ張り雨の如く降っとった。その間を平気で進んで来たものがあるやないか? たッた独りやに「沈着にせい、沈着にせい」と云うて命令しと・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・火が全く消えても、少しの間は残像が彼を導いた―― 突然烈しい音響が野の端から起こった。 華ばなしい光の列が彼の眼の前を過って行った。光の波は土を匍って彼の足もとまで押し寄せた。 汽鑵車の烟は火になっていた。反射をうけた火夫が赤く・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・ 女や、子供や、老人の叫喚が、逃げ場を失った家畜の鳴声に混って、家が倒れ、板が火に焦げる刺戟的な音響や、何かの爆発する轟音などの間から聞えてくる。 見晴しのきく、いくらか高いところで、兵士は、焼け出されて逃げてくる百姓を待ち受けて射・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・顛覆した列車の窓からとび出た時の、石のような雪の感触や、パルチザンの小銃とこんがらがった、メリケン兵のピストルの轟然たる音響が、まだ彼の鼓膜にひゞいていた。 腕はしびれて重かった。それは、始め火をつけたようにくゎッ/\と燃え立っていたが・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・樹の倒れる音響に驚いて小鳥がけたたましく囀って飛びまわる。……山仕事の方がどれだけ面白いかしれない……「チェッ…………どうなりゃ!」 古江は、きらりとすごい眼つきをした。京一は、桃桶を袋の口にあてがいはずして、諸味を土の上にこぼした・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・ その時、奥の方で、ハッパが連続的に爆発する物凄い音響が轟いた。砕かれた岩が、ついそこらへまで飛んで来るけはいがした。押し出される空気が、サッと速力のある風になって流れ出た。つゞいて、煙硝くさい、煙のたまが、渦を捲いて濛々と湧き出て来た・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・見世物の大将を送って部屋から出られて、たちまち、ガラガラドシンの大音響、見事に階段を踏みはずしたのである。腰部にかなりの打撲傷を作った。私はその翌る日、信州の温泉地に向って旅立ったが、先生はひとり天保館に居残り、傷養生のため三週間ほど湯治を・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫