・・・其時に自分は連れて往って頂く、これはまあ折々の一つの楽みであったのです。其他に慰みとか楽みとかいって玩弄物を買うて貰うようなことは余り無かったが、然し独楽と紙鳶とだけは大好きであっただけそれ丈上手でした。併し独楽は下劣の児童等と独楽あてを仕・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・「それなら、わたしも伯母さんと御一緒に頂くことにしましょう。わたしの分も看護婦さんに頼みましょう」「お玉もめずらしいことを言出したぞや」「実は伯母さん、今日は熊叔父さんのお使に上りましたんですよ。わたしが伯母さんのお迎えに参りま・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 先生は思いやるように、「広岡さんも今、上田で数学の塾を開いてますが、余程の逆境でしょう……まあ、私共も先生に同情して、いくらかの時間を助けに来て頂くことにしたんです……それに、君、吾々の塾も中学の設備をして、認可でも受けようという・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・「時節が時節ですから、皆さんの来易いようにして、安く召上って頂く。定食が三円、それ以上はお望み次第ということにしています。そりゃ店のお得意とは限っていません、どなたにでも自由に来て頂いています。近いところなら仕出しもしています」「し・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・返して頂くつもりでありました。それに、自分は、お金があり余って処置に窮するほどの金満家でもありませんから、返してもらって助かりました。君たちは本当にせぬかも知れぬが、自分の家では、昔からの借銭が残って月末のやりくりは大変であります。どっちの・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・短篇集は、いずれゆっくり拝読させて戴くつもりです。まずは、御礼まで。草々。 十八日井原退蔵 木戸一郎様 一枚の葉書の始末に窮して、机の上に置きそれに向ってきちんと正坐してみても落ち附かず、その葉書を持って立ち上り・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・僕はまだ二十歳の少年なので、貴重なお時間を割いて戴くのも、心苦しいまでに有難く存じます。まず、僕が、どの程度に少年であるか、自己紹介させて下さい。十五、六歳の頃、佐藤春夫先生と、芥川龍之介先生に心酔しました。十七歳の頃、マルクスとレエニンに・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ こんな取止めもない事では雑誌に載せて頂くのは如何かと存じますが御返事までに申上げます、どうか悪しからず願います。草々。 寺田寅彦 「書簡(1[#「1」はローマ数字1、1-13-21])」
・・・お念仏を称えるもの、お札を頂くものさえあったが、母上は出入のもの一同に、振舞酒の用意をするようにと、こまこま云付けて居られた。 私は時々縁側に出て見たが、崖下には人一人も居ないように寂として居て、それかと思う烟も見えず、近くの植込の間か・・・ 永井荷風 「狐」
・・・第二の門内に這入ると地盤が一段高くしてあって第一と同じ形式の唯だ少しく狭い平地は直様霊廟を戴く更に高い第三の乃ち最後の区劃に接しているのである。此処にはそれを廻る玉垣の内側が他のものとは違って、悉く廻廊の体をなし、霊廟の方から見下すとその間・・・ 永井荷風 「霊廟」
出典:青空文庫