・・・夢に天津乙女の額に紅の星戴けるが現われて、言葉なく打ち招くままに誘われて丘にのぼれば、乙女は寄りそいて私語くよう、君は恋を望みたもうか、はた自由を願いたもうかと問うに、自由の血は恋、恋の翼は自由なれば、われその一を欠く事を願わずと答う、乙女・・・ 国木田独歩 「星」
・・・それは前陳の、予感があったという、それだけでも、うなずいて頂けると思います。何はしかれ、御手紙をうれしく拝見したことをもう一度申し上げて万事は御察し願うと共に貴下をして、小生を目してきらいではない程のことでは済まされぬ、本当に好きだといって・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・しばらくはわが足に纏わる絹の音にさえ心置ける人の、何の思案か、屹と立ち直りて、繊き手の動くと見れば、深き幕の波を描いて、眩ゆき光り矢の如く向い側なる室の中よりギニヴィアの頭に戴ける冠を照らす。輝けるは眉間に中る金剛石ぞ。「ランスロット」・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ けれども、云いたいだけを云い、書きたいだけを書いてあげられ、見て戴ける方は、あなた以外にない私に、どうぞ思うままを云わせて下さいまし。 そして、この燃焼が無駄に消えないように、お祈り下さいませ。お目にかかりたいと思っております。・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫