夫人堂 神戸にある知友、西本氏、頃日、摂津国摩耶山の絵葉書を送らる、その音信に、なき母のこいしさに、二里の山路をかけのぼり候。靉靆き渡る霞の中に慈光洽き御姿を拝み候。 しかじかと認められぬ。・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 三月の中の七日、珍しく朝凪ぎして、そのまま穏かに一日暮れて……空はどんよりと曇ったが、底に雨気を持ったのさえ、頃日の埃には、もの和かに視められる……じとじととした雲一面、星はなけれど宵月の、朧々の大路小路。辻には長唄の流しも聞えた。・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・「勿論かさねまして、頃日に。――では、失礼。」「ああ、しばらく。……これは、貴方、おめしものが。」 ……心着くと、おめしものも気恥しい、浴衣だが、うしろの縫めが、しかも、したたか綻びていたのである。「ここもとは茅屋でも、田舎・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・けれども、私は、いつの日か、一丈ほどの山椒魚を、わがものにしたい、そうして日夕相親しみ、古代の雰囲気にじかに触れてみたい、深山幽谷のいぶきにしびれるくらい接してみたい、頃日、水族館にて二尺くらいの山椒魚を見て、それから思うところあってあれこ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・博文館は既に頃日、同館とは殆三十年間交誼のある巌谷小波先生に対してさえ、版権侵害の訴訟を提起した実例がある。僕は斯くの如き貪濁なる商人と事を争う勇気がない。 僕は既に貪濁シャイロックの如き書商に銭を与えた。同時に又、翻訳の露西亜小説カラ・・・ 永井荷風 「申訳」
この一編は、頃日、諭吉が綴るところの未定稿中より、教育の目的とも名づくべき一段を抜抄したるものなれば、前後の連絡を断つがために、意をつくすに足らず、よってこれを和解演述して、もって諸先生の高評を乞う。 教育の・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・ 〔一九二八年〕二月三日 モスクワ 午後三時半頃日沈、溶鉱炉から火玉をふき上げたような赤い太陽光輪のない北極的太陽 雪のある家々の上にあり 細い煙筒の煙がその赤い太陽に吹き上げて居た。 五時すぎ モスクワ・・・ 宮本百合子 「一九二七年八月より」
・・・ 僕はお金が話したままをそっくりここに書こうと思う。頃日僕の書く物の総ては、神聖なる評論壇が、「上手な落語のようだ」と云う紋切形の一言で褒めてくれることになっているが、若し今度も同じマンション・オノレエルを頂戴したら、それをそっくりお金・・・ 森鴎外 「心中」
・・・これまでもストリンドベルクは本物の気違になりはすまいかと云われたことが度々あるが、頃日また少し怪しくなり掛かっている。いずれも危険である。 英文学で、Wilde の代表作としてある Dorian Gray を見たら、どの位人間の根性が恐・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
出典:青空文庫