・・・ 壁の前面に肉片を置いたときにでも、その場所の気流の模様によっては肉から発散する揮発性のガスは壁の根もとの鳥の頭部にはほとんど全く達しないかもしれない。また、ごく近くに肉の包みをおかれて鳥がそれをついばむ気になったのは、嗅覚にはよらずし・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・B教授の禿頭の頂上の皮膚に横にひと筋紫色をしてくぼんだ跡のあるのを発見した刑事が急に緊張した顔色をしたが、それは寝台の頭部にある真鍮の横わくが頭に触れていた跡だとわかった。 刑事が小卓のコップのそばにあった紙袋を取り上げて調べているのを・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・灰色の壁と純白な窓掛けとで囲まれたきりで、色彩といえばただ鈍い紅殻塗りの戸棚と、寝台の頭部に光る真鍮の金具のほかには何もない、陰鬱に冷たい病室が急にあたたかくにぎやかになった。宝石で作ったような真紅のつぼみとビロードのようにつやのある緑の葉・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・ 眼をむいて、女房を怒鳴りつけようとしたが、繃帯している殴られた頭部の傷が、ピリピリとひきつる。「だってさ、あんた……」 お初は、何かに追ったてられるように、「あんた、争議団では、また今朝、変な奴らが、沢山何ッかから、来たん・・・ 徳永直 「眼」
・・・其の瞬間棒はぽくりと犬の頭部を撲った。犬は首を投げた。口からは泡を吹いて後足がぶるぶると顫えた。そうして一声も鳴かなかった。「おっつあん、うまくいっちゃった」と先刻の対手は釣してある蓆から首を突っ込んだ。蚊帳の中は動かない。彼は太十・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・そして、頭部の方からは酸敗した悪臭を放っていたし、肢部からは、癌腫の持つ特有の悪臭が放散されていた。こんな異様な臭気の中で人間の肺が耐え得るかどうか、と危ぶまれるほどであった。彼女は眼をパッチリと見開いていた。そして、その瞳は私を見ているよ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・丁寧に、繩の結びめも柔かくアンペラで頭部をかくまわれた。雪と霜とで傷められるのに忍びないのであろう。 キビの葉は乾いた音をたてて、この辺の焼けあと、あちこちに立っている。白山の停留場に立っていると、昔から鶏声ケ窪と云われた窪地が今はじめ・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
出典:青空文庫