・・・ 何か、いろんな恐しいものが寄って集って苛みますような塩梅、爺にさえ縋って頼めば、またお日様が拝まれようと、自分の口からも気の確な時は申しながら、それは殺されても厭だといいまする。 神でも仏でも、尊い手をお延ばし下すって、早く引上げ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・いままでにも、だめといったのが、無理に頼めば、しまいにはきいてもらえたので、シャープ=ペンシルにしても、いつか自分のものになると思ったからです。「こればかりは、だめよ。」と、お姉さんは、おっしゃいました。「だめ? じゃ、ちょっと僕に・・・ 小川未明 「小さな弟、良ちゃん」
・・・前の晩に頼めばいいというものの、彼は仕事に夢中でそんなことは忘れている。では、昼間食事の時に頼めばよいということになるが、茶の間にはペンがない。二階の書斎まで取りに行くのが面倒くさい。取りに上らせようと思っているうちに、もう忘れてしまう。・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・今夜はもうこの位で勘弁してくれと、頼めばよさそうなものだのに、頑として蚊帳の外に頑張っているその依固地さは、十や十一の少女とは思えなかった。「親も親なら、娘も娘だ」 どちらも正気の沙汰ではないと、礼子はむしろ呆れかえった。 夏の・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・「それじゃア大工さんを頼めば可い」とお徳はお源の言葉が癪に触り、植木屋の貧乏なことを知りながら言った。「頼まれる位なら頼むサ」とお源は軽く言った。「頼むと来るよ」とお徳は猶一つ皮肉を言った。 お源は負けぬ気性だから、これには・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 些細なようなことで感心したのは、風呂を立ててもらうのに例えば四十一度にしてくれと頼めばちゃんと四十一度にしてくれる。四十二度にと云えば、そんなに熱くてもいいのかと驚きはするが、ちゃんと四十二度プラスマイナス〇・何度にしてくれるのである・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・ 西鶴を生んだ日本に、西鶴型の科学者の出現を望むのは必ずしも空頼めでないはずであるが、ただそういう型の学者は時にアカデミーの咎めを受けて成敗される危険がないとも限らない。これも、いつの世にも変らない浮世の事実であろう。 余談では・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・だから向うの気が進まないのに、いくら私が汚辱を感ずるような事があっても、けっして助力は頼めないのです。そこが個人主義の淋しさです。個人主義は人を目標として向背を決する前に、まず理非を明らめて、去就を定めるのだから、ある場合にはたった一人ぼっ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・たしかな船頭にさえ頼めば、いながらにして百里でも千里でも行かれる。自分は西国まで往くことは出来ぬが、諸国の船頭を知っているから、船に載せて出て、西国へ往く舟に乗り換えさせることが出来る。あすの朝は早速船に載せて出ようと、大夫は事もなげに言っ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫