・・・ああ、おれはそれを頼もしい性格と思ったことさえある! 芋の煮付が上手でね。今は危い。お前さんが殺される。おれの生れてはじめての恋人が殺される。もうこれが、私の生涯で唯一の女になるだろう、その大事な人を、その人をあれがいま殺そうとしている。お・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・そう思うとウンラート教授のような物事を突き詰めて行くところまで行ってしまう人間も頼もしいような気がする。少なくもそういう人間を産み出しうる国民性はうらやむべきであるかもしれない。 歌舞伎座の一夕の観覧記がつい不平のノートのようになってし・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ その時に痛切に感じたことは日本の陸地測量部で地形図製作に従事している人たちのまじめで忠実で物をごまかさない頼もしい精神のありがたさであった。ほとんど人跡未到な山の中の道のない所に道を求めあらゆる危険を冒しても一本の線にも偽りを描かない・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・ この世の限り最も根づよい頼もしいものは骨肉の愛があるばかりではあるまいか。 私は今となって、骨肉の愛と云うものがいかほど力強いものであるかと云う事を知った。 今となって彼の妹が居た時分の悪戯をだれが云い立てるだろう。 誰が・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 女らしさについて、そういう理解をもつことこそ、明日の男らしさ、頼もしい雄々しさであろうと思います。女に対して荒々しく君臨する男は、いつの時代も男の中の男とはいえませんでした。日本は明治のはじめより、軍国主義につつまれていて、封建的な男・・・ 宮本百合子 「自然に学べ」
・・・になろうとする頼もしい人もでています。時間のかかる問題であって、もしかするとこれは三代かかって具体的に解決されてゆくようなことかもしれません。 しかし、わたしたちは、失望しないで、おばあさん、おかあさん、自分、自分の子という生きた歴史の・・・ 宮本百合子 「質問へのお答え」
・・・大柄な、頼もしい婦人青年同盟員たちだ。 寄宿舎を、やはり女で、政治的活動をやっている同志に案内されて見学したとき彼女は、或ひとつのドアを外からコツコツと叩いた。内から元気な若い女の声が答えた。「おあけなさい!」「今日は! 日本か・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・この掌に伝わる頼もしい震動はどうだ。ふむ。感じの鋭い空気奴、もう南風神に告げたと見える、雲が乱れる。熱気が立ち昇る。ミーダほうれ!よしよし。この動物の血で塗りかためた、貴様等同族の髪毛の鞭が一ふり毎に億の呪いをふり出すか、兆の狂暴を吐出・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 自分より小さい隣の児に対する弟の態度や何かがそろそろ男と云うものらしくなって来た事などに気付くと、頼もしい様な惜しい様な気になって、見なれた癖の中にいつも、新らしい事を発見したりするのは大抵そんな時であった。 いつも、家と裏の家と・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ 肩をゆすっていかにも頼もしい様子をする。この男は、夏にある点呼の時にいつでも、厚い冬着を着て行って、湯をあびて帰って来るのが常だ。何故そんなひどい思をするのかときく人があると、「戦の時きあ、夏と冬の入りまじった時があるかん・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫