・・・いわゆる案内記の無味乾燥なのに反してすぐれた文学者の自由な紀行文やあるいは鋭い科学者のまとまらない観察記は、それがいかに狭い範囲の題材に限られていても、その中に躍動している生きた体験から流露するあるものは、直接に読者の胸にしみ込む、そしてた・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・は比較にならぬほど複雑で深刻な事件とその心理とを題材として取扱っているから、もし成効すれば芸術的に高級なものになり得るはずであるが、同時にこれを娯楽のための映画として観ると、観たあとの気持はあまり健全な愉快なものではないはずである。「泉・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・刑務所や工場を題材にしているにかかわらず、全体に明るい朗らかな諧調が一貫している。このおもしろさはもちろん物語の筋から来るのでもなく、哲学やイデオロギーからくるのでもなんでもなくて、全編の律動的な構成からくる広義の音楽的効果によるものと思わ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・などは題材がロシアふうであるのに映画は全然ヤンキーふうであるが、「アラン」にはそうしたアメリカふうがどこにも見えないように思われる。 十 ナナ ゾラの「ナナ」から「暗示を受けて」作った映画だと断わってあるから、そ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・すなわち、一方には、およそ有りふれた陳套な題材と取り扱い方をした小説の「創作」と、他方では、最独創的な自然観人生観を盛った随筆の「中間物」とを対比させて見れば、後者のほうが前者よりもより多く創作的であり、前者のほうがひと山百文の模造物への中・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・もしも彼がかりにわが日本政府の官吏であったと仮定したら、はたしてどうであったかを考えてみることを、賢明なる本誌読者の銷閑パズルの題材としてここに提出したいと思う次第である。 これに関連したことで自分が近年で実に胸のすくほど愉快に思ったこ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・しかしユウゴオやラマルチンはまだ一度も巴里郊外の自然をそが抒情詩の直接の題材にして歌った事はない。それはかの通俗小説の作家として今では最う忘れられようとしている Paul de Kock を以て嚆矢と見做さなければならぬ。ポオル・ド・コック・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・しかも講談筆記の題材たるや既に老人の熟知するところ。其の陳腐にして興味なきことも亦よく予想せられるところであるが、これ却って未知の新しきものよりも老人の身には心易く心丈夫に思われ、覚えず知らず行を逐って読過せしめる所以ともなるのであろう。こ・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・印象派の画家が好んで描いた題材を採って之を文章となす事を畢生の事業と信じた。後に僕は其主張のあまりに偏狭なることを悟ったのであるが、然し少壮の時に蒙った感化は今に至っても容易に一掃することができない。銀座通のカッフェー内外の光景が僕をしては・・・ 永井荷風 「申訳」
私は筆を執っても一向気乗りが為ぬ。どうもくだらなくて仕方がない。「平凡」なんて、あれは試験をやって見たのだね。ところが題材の取り方が不充分だったから、試験もとうとう達しなくって了った。充分に達しなかったというのは、サタイア・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
出典:青空文庫