・・・ 小屋の戸を開けると顔向けも出来ないほど雪が吹き込んだ。荷を背負って重くなった二人の体はまだ堅くならない白い泥の中に腰のあたりまで埋まった。 仁右衛門は一旦戸外に出てから待てといって引返して来た。荷物を背負ったままで、彼れは藁繩の片・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ こんな恥しい目に遭って、私ゃ人にも顔向けできない、死んでやる!」と言って、女房は泣伏してしまった。 * * * 私は銭占屋を送って、町の入江の船着場まで行った。そこから向地通いの小蒸汽に乗るのだ。そよそよと・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・転向して生を守ろうと欲する人は、自分にも他人にも顔向けのできない思いで、うそをつき、仮面をつけて、現れなければならない。ここに転向というモメントから、多くの人々の精神が生涯の問題としてむしばまれ、根本から自主性を失って、マルクス主義者でなか・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・人を教えるものが妻と別れて平気で顔向けが出来るかという 七月八日 坪内先生へ手紙 足の工合がわるい 一人での生活をしたい心、そのときのことを楽しく空想する 七月二十二日 順天堂に通う。 A大阪に立つ、自分翌日一人・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
出典:青空文庫