・・・誇張でなしに、相手を殺したいと願望したからである。けれどもその動機は深遠でなかった。私とそっくりおなじ男がいて、この世にひとつものがふたつ要らぬという心から憎しみ合ったわけでもなければ、その男が私の妻の以前のいろであって、いつもいつもその二・・・ 太宰治 「逆行」
正直に言うことに致しましょう。私は、これから書こうとする小説、または、過去に於いて書いた小説の意図、願望、その苦心を、あまり言いたくないのです。それは、私の虚傲からでは、ないと思うのです。書いてみて、それが相手に受け入れら・・・ 太宰治 「正直ノオト」
・・・うと、彼のためにも私のためにもこんなつまらない事はない、一つだけでいい、何か楽しくなつかしい思い出になる言動を示してくれ、どうか、わかれ際に、かなしい声で津軽の民謡か何か歌って私を涙ぐませてくれという願望が、彼の歌をやらかそうという動議に依・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・は名高いわりに面白くない本であるが、「崇敬とはわれに益するところあらむと願望する情の謂いである。」としてあったものだ。デカルトあながちぼんくらじゃないと思ったのだが、「羞恥とはわれに益するところあらむと願望する情の謂いである。」もしくは、「・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・それから、夢が阻止された願望の実現となるように、映画の観客は映画を見ることにより、実際には到底なれない百万長者になり、できない恋をしたり、不可能事をしとげるというようなことも言っている。これもおもしろい見方である。映画の大衆的であるゆえんは・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・いつまでも子猫であってほしいという子供らの願望を追い越して容赦もなく生長して行った。 三毛は神経が鋭敏であるだけにどこか気むずかしくてそしてわがままでぜいたくである。そしてすべての挙動にどことなく典雅のふうがある。おそらくあらゆる猫族の・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・それが善い悪いは別として、そうしなければ大願望が成就しないことだけはたしかである。そういう「事実の方則」がこの書の到る処に強調されているのを見逃すことは出来ないのである。 かように、一方では遁世を勧めると同時に、また一方では俗人の処世の・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・抑圧された願望がめざめたのである。子供に勉強させるには片端から読み物に干渉して良書をなるべく見せないようにするのも一つの方法であるかもしれない。そうして読んでいけないと思う種類の書物を山積して毎日の日課として何十ページずつか読むように命令す・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・早婚な地方の世間ていもあるだろうが、何よりも早く倅の尻におもしをくっつけたい願望がろこつにでていた。「――牛は牛づれという。竹びしゃく作りには竹びしゃく作りの嫁があるというもんだ。たとい鼻ひくでも、めっかちでも……」 もうすわってい・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 要するにただいま申し上げた二つの入り乱れたる経路、すなわちできるだけ労力を節約したいと云う願望から出て来る種々の発明とか器械力とか云う方面と、できるだけ気儘に勢力を費したいと云う娯楽の方面、これが経となり緯となり千変万化錯綜して現今の・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫