・・・それで、特に目につくような赤軸の鉛筆で記事のノートを取るような風をしながら、その鉛筆の不規則な顫動によって彼の代表している犯人の内心の動乱の表識たるべき手指のわななきを見せるというような細かい技巧が要求される。「その男になにか見覚えになる特・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・そは遮ぎられたる風の静なる顫動さながら隠れし小禽のひそかに飛去るごとくさとむらがり立ちて起ると見れば消え去るなり。また Odelettes と題せられた小曲の中にも、次の如きものがある。Un petit rose・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・ おいおい知覚されて来た刺戟によってピリピリと瞼や唇が顫動する。 やがて、ちょうど深い眠りから、今薄々と覚めようとする人のように、二三度唇をモグモグさせ、手足を動かすかと思うと、瞬きもしないで見守っていた禰宜様宮田の、その眼の下には・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・既に自然主義にはおさまれず、さりとて自身の伝統によって内田魯庵の唱導したような文学の方向にも向えず、新しい方向に向いつつ顫動していた敏感な精神の姿である。芥川の散文は教養のよせ木であり脆さが痛々しいばかりである。 最近十年間に登場した作・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・声は無いが、強烈な、錬稠せられた、顫動している、別様の生活である。 幾つかの台の上に、幾つかの礬土の塊がある。又外の台の上にはごつごつした大理石の塊もある。日光の下に種々の植物が華さくように、同時に幾つかの為事を始めて、かわるがわる気の・・・ 森鴎外 「花子」
・・・ここではパートの崩壊、積重、綜合の排列情調の動揺若くはその突感の差異分裂の顫動度合の対立的要素から感覚が閃き出し、主観は語られずに感覚となって整頓せられ爆発する。時として感覚派の多くの作品は古き頭脳の評者から「拵えもの」なる貶称を冠せられる・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫