・・・ふりかえって見ると、銀モールの太い紐をかけた潰し島田に白博多の帯をしめた浴衣姿の芸者がいて、男はその芸者屋の主人という風体である。絞りの筒っぽで、縮緬の兵児帯を尻の先にグルグル巻きにしている。「ストライキをやってるってえから……電車動い・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・と入口に立ったが、べったり流し前の簀子に座布団もなしで坐り込んでいる彼女の風体とその辺に引散らかしてある物品を一目見ると、君が泣き出したのも無理なく思えた。石川は上り框に蹲み、「どうなさいました、え? 奥さん」と声を励ました。石・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・そばへ寄って来て、我々の風体をよくよくみきわめてから、やっと体が入るだけ戸をあけ、内へ入れるとまた戸へ鍵をかけた。給仕は弁解した。「なにしろ御承知のとおり今日はメーデーだもんですから……」 喫茶店で十分とは費さなかった。往来を三四人・・・ 宮本百合子 「ワルシャワのメーデー」
・・・「どうも坊主にはなっておらぬらしいが、どんな風体でいても見逃がすなよ。だがどうせ立派な形はしていないのだ」 境内を廻って、観音を拝んで、見識人を桜井に逢わせて貰った礼を言った。それから蔵前を両国へ出た。きょうは蒸暑いのに、花火があるので・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・相手は百姓らしい風体の男である。見れば鶏の生きたのを一羽持っている。その男が、石田を見ると、にこにこして傍へ寄って来て、こう云った。「少佐殿。お見忘になりましたか知れませんが、戦地でお世話になった輜重輸卒の麻生でござります。」「うむ・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫