・・・のお松に一通の遺書を残したまま、突然風変りの自殺をしたのです。ではまたなぜ自殺をしたかと言えば、――この説明はわたしの報告よりもお松宛の遺書に譲ることにしましょう。もっともわたしの写したのは実物の遺書ではありません。しかしわたしの宿の主人が・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・れらの文楽の芸人たちがその血の出るような修業振りによっても、また文楽以外に何の関心も興味も持たずに阿呆と思えるほど一途の道をこつこつ歩いて行くその生活態度によっても、大阪に指折り数えるほどしか見当らぬ風変りな人達であるために外ならず、且つ彼・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ 彼が風変りな題材と粘り強い達者な話術を持って若くして文壇へ出た時、私は彼の逞しい才能にひそかに期待して、もし彼が自重してその才能を大事に使うならば、これまでこの国の文壇に見られなかったような特異な作家として大成するだろうと、その成長を・・・ 織田作之助 「鬼」
坂田三吉が死んだ。今年の七月、享年七十七歳であった。大阪には異色ある人物は多いが、もはや坂田三吉のような風変りな人物は出ないであろう。奇行、珍癖の横紙破りが多い将棋界でも、坂田は最後の人ではあるまいか。 坂田は無学文盲・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・つまり私は十分風変りであったが、それ以上に利巧でなかったわけである。 このような私を人は何と思っていたろうか。ある者は私をデカダンだと言い、ある者は大本教を信じているらしいと言った。しかし私は何ものをも信じていなかった。ただ一つ私は東京・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 一つ風変りな時計があった。側は西洋銀らしく大したものではなかったが、文字盤が青色で白字を浮かしてあり、鹿鳴館時代をふと思わせるような古風な面白さがあった。「いい時計ですね。拝見」 と、手を伸ばすと、武田さんは、「おっとおっ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 不思議といえばよいのか、風変りといえばよいのか、それとも何と形容すればよいのだろうか。 新聞記者なら「深夜の怪事」とでも見出をつけるところだろうが、しかしこの事件は大阪のどこの新聞にも載らなかった。 たまたまその日がメーデーだ・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・彼女はその下着をわざと風変りに着て、その上に帯を締めた。 直次の娘から羽織も掛けて貰って、ぶらりと二番目の弟の家を出たが、とかく、足は前へ進まなかった。 小間物屋のある町角で、熊吉は姉を待合せていた。そこには腰の低い小間物屋のおかみ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・しかし、私も若干馬齢を加えるに及び、そのような風変りの位置が、一個の男児としてどのように不面目、破廉恥なものであるかに気づいていたたまらなくなりまして、「こぞの道徳いまいずこ」という題の、多少、分別顔の詩集を出版いたしましたところ、一ぺんで・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・また私の小説もただ風変わりで珍らしい位に云われてきて、私はひそかに憂鬱な気持ちになっていたのです。世の中から変人とか奇人などといわれている人間は、案外気の弱い度胸のない、そういう人が自分を護るための擬装をしているのが多いのではないかと思われ・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
出典:青空文庫