・・・之を喩えば音楽、茶の湯、挿花の風流を台所に試みて無益なるが如し。然かのみならず古文古歌の故事は往々浮華に流れて物理の思想に乏しく、言葉は優美にして其実は婬風に逸するもの多し。例えば世の中に普通なる彼の百人一首の如き、夢中に読んで夢中に聞けば・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・の久しき、醜を醜とせずして愧ずるを知らざるのみならず、甚だしきに至りて、その狼藉無状の挙動を目して磊落と称し、赤面の中に自ずから得意の意味を含んで、世間の人もこれを許して問わず、上流社会にてはその人を風流才子と名づけて、人物に一段の趣を添え・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・火葬ならいっそ昔の穏(坊的火葬が風流で気が利いているであろう。とある山陰の杉の木立が立っておるような陰気な所で其木立をひかえて一つの焼き場がある。焼き場というても一寸した石が立っておる位で別に何の仕掛けもない。唯薪が山のように積んである上へ・・・ 正岡子規 「死後」
・・・いずれか風流の極意ならざる。われ浮世の旅の首途してよりここに二十五年、南海の故郷をさまよい出でしよりここに十年、東都の仮住居を見すてしよりここに十日、身は今旅の旅に在りながら風雲の念いなお已み難く頻りに道祖神にさわがされて霖雨の晴間をうかが・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ 外国の住宅区域というところを歩くと、たとえ塀はどんなに高くていかめしくても、そこに何か風流な工夫がほどこされてあって、思いがけぬ透格子や鉄の唐草の間から、庭のたたずまいが見えたりして、一つの街の風景をもなしている。 その界隈にこの・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・今日の現実は、風流なすさびと思われていた三十一文字を突破して、生きようと欲する大衆の声を工場から、農村から、工事場・会社・役所から、獄中からまで伝えて来ている。その点で、この二百頁に満たぬ一冊の歌集がきょうの日本の歌壇に全く新しい価値をもっ・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・ 中には少し風流がって見る人もある。庭の方を見て、海が見えないのが遺憾だと云ったり、掛物を見て書画の話をしたりする。石田は床の間に、軍人に賜わった勅語を細字に書かせたのを懸けている。これを将校行李に入れてどこへでも持って行くばかりで、外・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・「君は酒と肉さえあれば満足しているのだから、風流だね。」「無論さ。大杯の酒に大塊の肉があれば、能事畢るね。これからまた遼陽へ帰って、会社のお役人を遣らなくてはならない。実はそんな事はよして南清の方へ行きたいのだが、人生意の如くならずだ。・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・もしこれをしも背理なものとして感覚派なるものに向って攻撃するものがありとすれば、それは前世紀の遺物として珍重するべきかの「風流」なるものと等しく物さびたある批評家達の頭であろう。風流なるものは畢竟ある時代相から流れ出た時代感覚とその時代の生・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・もみじの落葉を焚いて酒を暖めるというのが昔からの風流であるが、この落葉で風呂を沸かしたらどんなものであろうと思って、大きい背負い籠に何杯も何杯も運んで行って燃したことがある。長州風呂でかまどは大きかったのであるが、しかしもみじの葉をつめ込ん・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫