・・・ 南国の真夏の暑い真盛りに庭に面した風通しのいい座敷で背中の風をよけて母にすえてもらった日の記憶がある。庭では一面に蝉が鳴き立てている。その蝉の声と背中の熱い痛さとが何かしら相関関係のある現象であったかのような幻覚が残っている。同時にま・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ただ、学芸にたずさわる団体は時々何かしらかなり根本的な革新を企てて風通しをよくし、黴の生えないようにする必要があるという至極平凡なことを、やや強く表現しようとしただけのことである。実際、少々拙ない改新でも完全なる習俗に優ることがしばしばある・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・午前中は風通しのいい中敷きなどに三毛と玉が四つ足を思うさま踏み延ばして昼寝をしているのであった。片方が眠っているのを他の片方がしきりになめてやっている事もあった。夕方が来ると二匹で庭に出て芝生の上でよく相撲を取ったりした。昼間眠られるように・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・は心の風通しのよい自由さを意味する言葉で、また心の涼しさを現わす言葉である。南画などの涼味もまたこの自由から生まれるであろう。 風鈴の音の涼しさも、一つには風鈴が風に従って鳴る自由さから来る。あれが器械仕掛けでメトロノームのようにきちょ・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・此夏中は開け放ちたる窓より聞ゆる物音に悩まされ候事一方ならず色々修繕も試み候えども寸毫も利目無之夫より篤と熟考の末家の真上に二十尺四方の部屋を建築致す事に取極め申候是は壁を二重に致し光線は天井より取り風通しは一種の工夫をもって差支なき様致す・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ そういう日のある午後、私は風通しのある二階の一部屋に出され、窓ぎわにあるテーブルに肱をかけて、何心なくそとの景色を眺めていた。窓から見える青空は、広々として雲一つなく日光に燃えあふれている。青桐の茂った梢が見える。乾いた屋根屋根が高く・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・夏は、風通しよいところで食べられるような大ベランダがある。図書室がある。休憩室がある。此処では四十二カペイキで三皿たべられた。 地下室の炊事場では、薯の皮むきからよごれた皿洗いから、みんな機械だ。白い上っぱりにコック帽の料理人、元気な婦・・・ 宮本百合子 「ソヴェト労働者の解放された生活」
・・・私がたまに遊びに行くと、母は、葡萄や牡丹の墨絵を見せ、毛氈を敷いて稽古している二階の風通しのいい座敷へ呼ぶことなどもあった。ところが暫くで絵の稽古も中止になった。もう糖尿病になっていたので、下を向いていることは歯齦を充血させて体力が持たなか・・・ 宮本百合子 「母」
出典:青空文庫